拝「肉じゃがってどうやって作っても煮崩れるんだな、これが」
と、お店の出してくれた美味しそうな肉じゃがを食べながら編集長。
こういう話題が出てくるという事は、このごろ料理に凝っているのかもしれない。
武井「肉じゃがは、簡単そうにみえて、実は奥が深いって聞きました」
拝 「ジャガイモの種類にもよるみたいなのだ」
武井「北海道産の?北あかり?は、煮崩れしやすいそうです」
拝 「しまった。美味しかったからいっぱい?北あかり?買ったのに…
失敗だった。どうしよう…」
と、凝り性の編集長はが、どれだけ?北あかり?を買ったのかはさておいて、
今日紹介の映画は『徳川一族の崩壊』。
多分「崩壊」からイメージしたメニューなのだろう。
別に肉じゃがだけが、ジャガイモ料理じゃないとは思うので、買いすぎても大丈夫だろう。
勝手に考え込んでいる編集長はそのままにして、さっさと先に進もう。
『徳川一族の崩壊』は、1980年に東映から公開された娯楽時代劇映画である。
明治維新前夜、徳川家の衰退を見て、長州藩の桂小五郎(松方弘樹)は、倒幕の朝廷勅令を受けようとする。 宮廷一の策士、中山忠光(入川保則)に接近、薩摩藩も計画に加え工作を開始した。その年十四代将軍、徳川家茂(岸田森)が病死、一橋慶喜(平幹二郎)が即位する。
慶喜は、京都の取り締まりを、会津藩の松平容保(萬屋錦之介)に命じた。容保は、まず孝明天皇に接近、長州藩を討てとの勅令を取り付け、薩摩藩に突きつけた。
そのために、薩長連合は崩壊寸前となる。だが、桂小五郎は孝明天皇を暗殺、次の天皇を手中に収め、一気に討伐へと動き出した。
長州征伐軍を率いて、京の二条城に到着した慶喜は、勝利が難しいと判断すると、すぐさま大政奉還をおこなった。
取り残された容保は、それから一年半の間、官軍相手に徹底抗戦したという…
昭和30年代、東映は時代劇で一世を風靡していたが、昭和40年代に入ってからは製作本数が激減、発表の場はTVへと移行していった。
そんな状況の中、1978年に、長らく東映を離れていた萬屋錦之介を主役に迎えた大作時代劇『柳生一族の陰謀』を公開。
30億円を超える興行収入を上げる大ヒットを記録する。
その後、東映は『赤穂城断絶』(78)『真田幸村の謀略』(79)と、立て続けに萬屋錦之介主演の大作時代劇を製作、興業的に成功をおさめた。
今回紹介する『徳川一族の崩壊』は、この一連のシリーズの最終作である。
このシリーズの最大の特徴は、
ある程度史実に忠実ならば、後は何をしても良い
という自由な作風。
第一作『柳生一族の陰謀』では、将軍家光の首を、萬屋錦之介が演じる柳生但馬守が、クライマックスで斬り飛ばしてしまうという、史実無視の驚愕ラストになっている。
そして、生首をかかえながら
「夢じゃ、これは夢じゃ!」
という錦之介の大芝居が素晴しく、映画の顔ともなる名シーンに仕上がっていた。
この『徳川一族の崩壊』も、そういう流れに沿った作品。
幕末の京都を舞台にしているのだが、新撰組や坂本竜馬は影も形もなく、鳥羽伏見の戦いすらスルーするという徹底ぶり。
実に大胆な構成である。
もちろん、前三作と同じく、萬屋錦之介の重厚な演技が見どころ。
萬屋錦之介が演じるのは、会津藩主松平容保。
歴史上の人物ではあるが、史実ではこの映画の時点で20代だったはず。
だが、萬屋錦之介に合わせて50代に大胆に変更。しかも、四人の子持ちにしてしまった。
また、松平容保の宿敵、桂小五郎を演じるのが松方弘樹。
生涯人を斬った事がない、という桂小五郎を、松方弘樹のキャラクターに合わせて剣の達人として活躍させる。しかも、愛人幾松を、妹のいく、に大胆に変更。
映画は、御所に会津兵が攻め込むという史実上ありえない驚愕のラストを迎える。
その矛盾を、貫録で押し切る錦之介の大芝居で映画が展開してゆく。
この作品は、史実として見るのではなく
「歴史上の人物を使ったフィクション」
といった見方が正解な作品だ。
気持ちよく史実を無視して描かれた内容は
天皇をどちらの陣営に迎え入れるか
という、東映映画お得意のヤクザ映画の玉取り合戦の構図となっている。
まるで「仁義なき戦い 幕末京都抗争」とでも名付けたくなるような作品だ。
残念ながら映画自体はヒットしなかった事もあって、その後ソフト化もされず、見る機会の少ない作品だが、当時復活した東映大作時代劇の勢いがにじみ出ている作品である。
拝 「この作品、今の大河ドラマ『八重の桜』と同じ時期を描いてるよね。
登場するキャラクターもかなり被っているし」
武井「それにしても、大胆に改変していますよ、この映画」
拝 「確か『八重の桜』では、松平容保は綾野剛が演じてるでしょ」
武井「まるでイメージが違いますね…」
拝 「でも、貫録で演じ切ってしまうのだ。さすが拝一刀様なのだ!」
武井「監督も山下耕作だから、ノリがヤクザ映画でした」
拝 「ところで、この映画、良く上映中止になる事があるんだ」
武井「この間、ちゃんと上映していましたけれども。そんな事あったんですか?」
拝 「フィルムがボロボロで、上映できないって説明された事がある。
一説には、あの森田健作のシーンがマズいのかな、
なんて都市伝説みたいに言われているけど」
武井「森田健作さん…
ああ、孝明天皇暗殺シーンでしたっけ」
拝 「確か、史実では病死だったよね。
それを、暗殺しちゃうって、ちょっと衝撃的だよね。
だからかもしれないな?」
武井「まさか!だったら、二条城の大谷直子さんの方が…」
拝 「大谷直子さんの役、徳川慶喜の元許嫁で、元皇族だよね。
その生首を、二条城にさらすなんて、この映画、本当にやりたい放題だ」
武井「それだけ、自由奔放に、映画の面白さを追求したんですね」
拝 「…そろそろ話題変えよう。
岸田森的視点、ドーンといっちゃって」
●岸田森的視点
岸田森は、第十四代将軍、徳川家茂を演じている。
登場は二シーン。
多数居並ぶ評定で、板倉勝静(山形勲)が、京都での不穏な情勢を家茂に訴え
「…何とぞ、上様ご明察を持ちまして、一橋様のご謹慎を解き、例えば、将軍後見職となし、京都へお遣わし下されて…」
と、進言する。
これを、家茂(岸田森)が咳き込みながら、お付きの者に背を撫でられ聞いている。
もともと、家茂は、一橋公、後に十五代将軍となる徳川慶喜とは犬猿の仲。
この進言で、評定は中断。
「その方、余をそれほど無能と申すか!ならば余は、いつでも将軍職を譲る!」
と怒りだし、お付きに紙を持ってこさせ、辞任の旨を書きなぐり、ヒステリックに立ち去ってしまう。
だが、これは家茂の茶番で、後に、部下に説得され辞任の旨を自ら破り捨てる。
白っぽいメイクと、岸田森の細身も相まった病弱さ加減が、見事に決まっている。
セリフの合間に挟まる咳や、手の震え、ヒステリック気味なセリフなどの神経質な演技が、いかにも岸田森らしい役づくりである。
特に、二シーン目、付き人たちに説得され、辞任の旨を破り捨てる時に見せる、一瞬してやったりとニヤついた表情。
その後、疲れ果てたように無関心になる変化の見事さ。
行動と裏腹の事を、セリフ無しに匂わせる演技プランは、岸田森独特のものだ。
短いながらも、演技的には見せ場がたっぷりある。もっと長く登場してもらいたかったキャラクターだった。
武井「岸田森さんの演技、本当に?円熟の極み?という感じで、見事です」
拝 「あの病弱さ、中々出せないよね」
武井「それに多分、岸田森が演じた中では、一番偉い役、かもしれません」
拝 「あ、そうかもしれないね。岸田森さんの将軍役は珍しいよね。
それにしても登場シーンが短いのが残念…」
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拝 「さて次回も、幕末もの何か無いかな」
武井「やはり登場シーンが短いですが、岡本喜八監督の『吶喊(とっかん)』はいかがでしょうか」
拝「これも『八重の桜』と近いネ。じゃあそれで、よろしくね。
次回もこの居酒屋で」
そこに、店員さんがさっき頼んでいた料理を持ってきた。
一皿目は美味しそうなコロッケだ。
拝「この間、コロッケを作ったら、やっぱり崩れちゃったんだよね…
水分多すぎたのかな」
やはり、崩壊か…
二皿目は何だろう。編集長の表情がちょっと曇っているぞ。
拝 「これ、煮崩れているじゃないか」
と、店員さんを呼ぼうとしている。
武井「それは…」
豚の角煮って、ことこと煮崩れるくらい煮込んだ方が美味しいんですが…
ま、いいか。人の好みだ。私はこのまま美味しく食べよう…
(次回に続く)
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