武「居酒屋でそんな事やって、大丈夫ですか?」
拝「やっぱり、これやらなきゃ!常識でしょ」
テーブルには、茶碗に入ったフグひれ酒が一つ。
ずいぶん季節外れのメニューだと思う。
ニコニコして蓋を開けた編集長は、湯気のたつ湯呑に、ライターの頭を突っ込んで着火レバーをカチカチやり出した。
ボっと、ガスレンジに着火したような音がすると、一瞬綺麗な炎が湯気と共に立ち上る。
拝「フグひれを蒸らすために蓋を閉めておくと、アルコールが溜まりすぎちゃうんだ。
だから、ヒレに変な香りがつかないようにこうやって火をつけるのだ」
武「へぇ、そうなんですか。拝さん、通ですね」
拝「知られざる一面なのだ」
編集長は満足げだ。
武「今日紹介する映画は『子連れ狼 親の心子の心』です」
拝「じゃあ、紹介よろしくね」
今日のメニュー、映画とはあまり関係がないようだな…
別にこだわってくれと言っている訳ではないのだが、判らないのも気になるものだ。
まあ、いいか、今にわかるだろう。とりあえず先に進もうか…
『子連れ狼 親の心子の心』は、子連れ狼シリーズの第四作目。
1973年正月映画として公開された勝プロダクション製作作品(公開は1972年12月30日)である。
元公儀介錯人拝一刀(若山富三郎)は、尾張藩士の妻女に、夫の仇、元別色女のお雪(東三千)を斬るよう依頼される。
お雪の正体を見極めるために、一刀は彫り物師の宇之吉(内田朝雄)を訪ねる。
だがその最中に、一刀の子、大五郎(富川晶宏)は迷子になってしまう。そして、放浪の果てに野火に巻き込まれ、とっさの判断で死地を脱する。
それを見た柳生軍兵衛(林与一)は、この子を拝一刀の子と確信、斬りかかろうとする。そこに駆け付けた一刀によって阻止され、戦いの末軍兵衛は片腕を斬り落される。
一刀は、お雪の出身地である乞鳩村へと出向く。そこは、大道芸を売る芸人の住む村だった…
全六作製作された映画『子連れ狼』シリーズは、本作までの四本を一年間で公開してしまうハイペースで製作された。
当時、いかにこのシリーズの評判が良かったかがわかる。プログラムピクチャーとしての面白さを、存分に楽しめるシリーズだ。
この映画の公開三カ月後、1973年4月からは、萬屋錦之介版のテレビシリーズが始まり競合してしまったために、残念ながら残りの二本の製作は、年一本というスローペースになってしまう。
『子連れ狼』シリーズは、三作目まで三隅研次が監督を担当、全編に散りばめられたスプラッタ描写を、様式美ともいえるくらい、陰影のある素晴らしい映像で描き切っていた。
本作の監督は三隅研次監督ではなく、日活の『渡り鳥』シリーズで有名な斉藤武市が担当。映像美を追求した前作までと、かなり違った印象である。
主人公の拝一刀が、刺客をする相手の事を探って行くという、ミステリーのような展開を見せるのが特徴。
大五郎が迷子になって放浪する、などの印象的なサイドストーリーも多く描かれており、そのために拝一刀の活躍が、前作よりも多少かすんでいるように感じられる。
暗殺相手のお雪は、拝一刀が全力を挙げて戦うというほど強くないのも、今までの作品とは違う。
それを補ってか、お雪が矢鱈と脱いでいる。スプラッタ描写が少ない分、ヌードで見せたような構成だ。前作までには見られなかった、バラエティに富んだ展開を見せる作品となっている。
ちなみに、三隅監督は本作と同時上映の作品『御用牙』(勝新太郎主演)を監督しており、『子連れ狼』には参加できなかった。
この時期、勝プロダクションは、東宝映画との間に、一年間二本立て作品を三上映分、つまり六本の作品を提供するという契約を結んでおり、正月、春、夏に勝新太郎主演作品と若山富三郎主演作品の二本立てを立て続けに製作していた。
そのために、兄弟お互いが気にいっているスタッフや俳優は、奪い合いだったという。
特に、兄弟二人が気にいっていた三隅監督は引っ張りだこで、今回は、弟の作品に狩り出されている。
拝「ドド?ンと、いきなりオッパイのアップから始まるんだよね、この映画」
武「入れ墨つきですが…その入れ墨が"まさぐりの金太郎"って…凄いです」
拝「いいじゃない。で、彫り師を演じているのが内田朝雄さんでしょ。このキャスティングだけで、もう変態的!絶対彫っている時に変な事しているよね、内田さん」
武「お雪を演じているのは、東三千さんという女優さんです」
拝「テレビ『プレイガール』で、ちょっとコケティッシュな役をやっていた人でしょ。良く見てた見てた」
武「編集長さすがです。ともかく、戦いになると着物を脱いで入れ墨見せていました」
拝「滅多矢鱈オッパイを出すんだね、これが」
武「しかも、それを撮影したのが、日本映画を代表するカメラマンの一人、宮川一夫なんです」
拝「それは、有難味がある映像なのだ!心して見なければ」
武「…………ところで、監督の斉藤武市さん、若山富三郎の映画版と、萬屋錦之介のテレビ版を両方監督した、唯一の人なんです」
拝「そうなんだ。そういう意味では貴重な作品だね」
武「はい。それにあの有名な「しとしとぴっちゃん♪しとぴっちゃん♪」の歌も流れてきます」
拝「へぇ。そうなんだ。テレビ版よりも先なんだ。知らなかった。
じゃあ、そろそろ岸田森的視点、ド?ンとよろしくね」
岸田森は、孤塚円記という剣豪を演じている。
物語の発端となる悪役だが、登場シーンはあまり多くない。
まやかしの殺人剣を使う剣士で、尾張藩別式女だったお雪(東三千)に立ち会いを挑むシーンで初登場。
この時使うまやかしの殺人剣が、映画的で実におもしろい。
そのシーンを書き出してみると…
孤塚円記とお雪、二人は静かに立ち会った。
まやかしの殺人剣を打ち破ろうとする、お雪からの挑戦だ。
その時、ポッと、小さな火が孤塚の剣から起こる
その火は、みるみるうちに刀身を包み込むほどの大きな炎になってゆく。
初めて目の当たりにする、まやかしの殺人剣に、お雪は身動きが出来なくなった。
「火を見るな。惑わされるとそなたの負けぞ」
「わしのまやかしに釣り込まれるな」
孤塚の剣は、物凄い勢いでお炎を噴き出す。お雪は、炎から目が離せなくなった。
「火を見るな!私の目を見て勝負せい!」
自らの剣をまやかしと公言する孤塚。その言葉に、思わず孤塚の目を見たお雪は、すぐに後悔した。
孤塚の目が幾重にも見え、気が遠くなってゆく…炎は見せかけ。目を合わせさせるための、孤塚の巧妙な策略だった。
お雪は催眠術にかかり戦意を喪失、孤塚に当て身をくらい手も無く気絶してしまった…
と、小説風に書いたが、
ほとんどこのような感じの、ビジュアル的な剣である。
岸田森の目がアップになり、催眠術をかけるシーンなど、観客が本当に催眠術にかかってもおかしくないくらいに迫力がある。目の演技が特徴的な岸田森ならではである。
当て身を食らわせたお雪の着物を剥ぎとり、
「これほどの美形なら、別式女なぞになる必要などあるまい…」
と、すかさずお雪を凌辱する。
この事の復讐のために、お雪は脱藩までして全身に入れ墨を彫ったのだ。
ストイックというか、暴走気味というか、ともかくすさまじい復讐である。
拝一刀の見ている前で、孤塚は再びお雪と対決する。
二度目でも、やはり術中に陥りそうになるお雪だったが、着物を脱ぎ棄て、入れ墨に驚いた孤塚の隙をついて、小太刀で突き刺す。
孤塚のキャラクターは、あまり悪役然としておらず、何故、全身に入れ墨を彫るまでの執念で追いかけられるのかが良く分からなかった。もう少し、悪役らしい活躍を見たいと思うような、多少の物足りなさを感じる役だった。
拝「お雪は、映画では何人も戦っているんだけど、オッパイと入れ墨見て驚いているのは、岸田森さんだけだね」
武「でも、驚かないと、物語が成立しないし…」
拝「岸田森さんの演じた孤塚が、好色だったという所を突いた技だった…という事じゃないかな…と、強引に解釈しておこう!」
武「あのまやかしの剣の炎、見た目はそうではないですが、あの刀を本当に持つと、かなり熱かったんじゃないでしょうか?」
拝「ガスバーナーを刀に仕込んだのかな?物凄い勢いの炎だったけど」
武「まるでバーベキューの櫛に火をつけたような感じでしたね…あ!」
忘れてはいけない。
今日のメニューのフグひれ酒、火をつけていたのは、この事からか…
まあ、フランべとか言って、鉄板焼きにアルコールをたらして火をつけたりされなくてよかった…
拝「次回は何か考えている?」
武「う?ん、実は、あまり考えてはいないのですが…」
拝「劇画作品が続いたから、ちょっと気分を変えてアイドル路線はどうかな」
武「では、小谷承靖監督作品ではいかがでしょうか。三本出演しています」
拝「そうなんだ。じゃあ、それにしようか」
武「初顔合わせの『はつ恋』にします」
拝「それでよろしくね、じゃあ、次回もこの居酒屋で」
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