『王朝の陰謀 判事ディーと人体発火怪奇事件』
狄仁傑之通天帝國 DETECTIVE DEE AND THE MYSTERY OF THE PHANTOM FLAME
2010年/香港/128min
提供・配給:ツイン/配給協力:太秦/協力:パラマウント ジャパン
2012年5月5日(土)よりシネマート新宿にてロードショー! 他全国順次公開
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紀元689年、唐代の洛陽の都では、巨大な仏塔“通天仏”の建立が着々と進んでいた。
弥勒菩薩をかたどった仏塔の顔は、中国史上初の女帝への即位を目前に控えた則天武后を模しており、完成の暁にそれは彼女の治世と権力の象徴となる。ところが賓客のもてなしで建立現場を視察に来た仏塔建立責任者の高官が犠牲になったのを皮切りに、不可解な怪死事件が頻発する。
犠牲者は政権に関わる者ばかりで、突然体内より発火した炎に肉体を完全に焼き尽くされて死亡している。則天武后は国師のお告げに従って、かつて自分を非難したことで投獄した切れ者のディーを呼び戻し、特命判事として武后の美しき側近チンアル、野心家の司法官ペイらと共に事件の解決を命じる。
本作は唐の時代に実在し則天武后下では法務大臣も務めた、ディー・レンチェ(狄仁傑)をモデルとし、オランダ人作家ロバート・ファン・ヒューリックが書いた探偵小説“ディー判事”シリーズを原案にしたオリジナル・ス
トーリー。
監督は“香港のスピルバーグ”とも称されてきたツイ・ハーク。資料には“完全復活”の文字があり、米・タイム誌選出2011年ベスト・ムービーの3位(1位『アーティスト』、2位『ヒューゴの不思議な発明』で、元祖スピルバーグの『戦火の馬』は5位)とか、香港電影金像奨(香港のアカデミー賞)で13部門にノミネートされ、本作で二度目となるツイ・ハーク自身の最優秀監督賞他5部門で受賞と内外それぞれでの高評価ぶりが記されている。
でも、ツイ・ハークでしょ?復活なんて、どうしても眉唾にしか思えんよ…と鑑賞前は決め付けていましたとも>ぢぶん。
ところで若い世代の映画ファンだと、スピルバーグでさえよく知らないって方も少なくないなんてことを耳にしたことがあるので、こう書いてきてもそもそもツイ・ハークって誰?な方が、読者ではむしろ多数派なのかしら?そんなわけで、まずはツイ・ハークについて簡単に記しておこう。
ツイ・ハークは1950年、ベトナム生まれ。
少年時代に香港に移り、66年からはアメリカに渡りテキサス州立大学で映画について学ぶ。77年に香港に戻り、テレビ界での脚本・演出からキャリアをスタートさせ、ホラーテイストの武侠篇『蝶変』(79)で映画監督デビューを果たす。
数本の監督作を経て、84年に撮った『蜀山奇傅・天空の剣』では、香港映画十八番のワイヤー・アクションに加えて、『スター・ウォーズ』にも名を連ねたロバート・ブレラックらハリウッドのスタッフを招聘して描いたSFX描写を大量に導入、これまでの香港映画の枠を超えたファンタスティック映画と内外で高い評価を得る。
その後もツイ・ハークの快進撃は続き、翌年には自身の製作会社“電影工作室 FILM WORKSHOP”を設立し、プロデューサーとしても活躍。ジョン・ウーの漢泣き演出で香港ノワール・ブームをまきおこした『男たちの挽歌』シリーズ(『アゲイン 明日への誓い』(90)のみツイ・ハークが兼監督)。
↑男たちの挽歌 日本版予告編
怪奇幻想譚にワイヤーアクションと特撮を大胆に導入した『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』シリーズ。
↑チャイニーズ・ゴースト・ストーリー予告編
19世紀半ばに実在したカンフー・マスター、ウォン・フェイフォン(黄飛鴻)を主人公にした『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』シリーズ(シリーズ6作中4作品は兼監督)、等のプロデュース作品は、ツイ・ハークの名を知らない方でも、作品自体は御存知だろう。
↑ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ/天地黎明
“香港のスピルバーグ”という呼称は、この頃ついたものだ。
そして90年代にはハリウッド進出も果たす。だが、香港娯楽映画の監督の多くが、ハリウッド進出時には主にアクション映画をあてがわれるも、製作体制等の違いもあって、本国での冴えをみせられずに終わることが多かったように(例外はジョン・ウーくらいか)、ツイ・ハークもまたその例外ではなかった。
ジャン・クロード・ヴァンダム主演の『ダブル・チーム』(97)は、正直ありきたりのヴァンダム映画の粋を出ない残念な出来栄え。
続けてハリウッドで撮った『ノック・オフ』(98)も、その後香港に戻って撮った作品も、全盛期の勢いは全く見られず、個人的には正直「終わった」人だと認識せざるをえなかったのだ。
香港で後進の指導に力を入れているなど映画界そのものに貢献しているニュースを耳にすることはあっても、本人の作品がないとなかなか実感は伝わらないもの。
ワーナーが中華系映画人に出資して製作された中の1本で久々の大作『セブン・ソード』(05)もつまらなくはなくても、往時の輝きは残念ながら感じられなかったし…。
そんなこんなで、絶対今更復活なんて有り得ね?よと思いつつ、試写室で観た『王朝の陰謀?』は驚いたことに、本当に面白かった!
一応ミステリーを謳いながらも、人体自然発火とその原因として解明される意外なものとか、地下に広がる“亡者の市”とか、鹿?!とか、奇天烈かつファンタスティックにわくわくさせる要素をこれでもかとぶち込んで綴られた物語のいい意味での出鱈目さ。
そんな物語に時にはリアリティや厚みを、時にはよりファンタスティックな説得力を与えるべくツボを押さえて使われているCGとワイヤーワーク。セットとVFXを併用して描かれた“通天仏”等の見事なヴィジュアル・イメージ。サービス精神たっぷりに盛り込まれたバトル・アクション(アクション監督はサモ・ハンだ!)。
則天武后を筆頭にそれこそ魑魅魍魎のごとく腹に一物持った登場人物たちの中で、決してぶれることなく事件究明に挑むディーの姿の筋の通った心地よさはツイ・ハークの最高傑作『北京オペラ・ブルース』(86)の乙女たちを思わせる。
そう、これらはまさしく、ツイ・ハーク全盛期…というか、80年代香港娯楽映画ニュー・ウェーヴの最良の作品のノリと魅力そのものだろう。
キャスト的にも80年代からの続投活躍組が揃っていて嬉しい。主人公のディーには、『今すぐ抱きしめたい』(88)、『インファナル・アフェア』(02)等のアンディ・ラウで、軽妙ながら真っ直ぐな正統派ヒーローを好演。
則天武后を演じているのは、『欲望の翼』(90)、『2046』(04)等のカリーナ・ラウ。勿論今でもお綺麗なのに、その怪しさと貫禄で有無をいわせぬ女帝ぶりは感動的で、実際本作で前述の香港電影金像奨の主演女優賞を受賞している。
投獄された際に片腕と共に生きる意味さえ失ったかのような面持ちの、ディーのかつての同士、シャトー役は『アゲイン/明日への誓い』(90)、『孫文の義士団』(09)等のレオン・カーフェイで、こちらはそのカメレオン的な演技に注目だ。
また則天武后の命でディーを監視するため行動を共にするチンアルには、『イノセントワールド』(00)等アンディとは4本目の共演となり、『バイオハザード? リトリビューション』(12)にも出演しているリー・ビンビン。
ペイ役には『戦場のレクイエム』(07)等のダン・チャオと、フレッシュな世代によるコラボも魅力的だ。
原作小説はシリーズものということだが、本作はかっちりと落としどころに落ち着く形で物語を完結させており、逆に続編は創り難いかも。それは少し残念な気もするが、逆に本作を撮ったツイ・ハークなら、まだまだ別の題材で娯楽作品を撮り続けるに違いない。本作は、そんな期待は決して外れないだろうと思える、まさに完全復活作なのだ。
予告編
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