地獄、極楽、のぞきからくり…悪女様最高デス…「おんな極悪帖」

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拝「この間『女性が笑顔になる男の料理ベスト5』という雑誌の特集を読んだのだ」
今日の編集長は、席につくなりいきなり語り始めた。

拝「なんだか、どれもこれも手間がかかるものばかりなんだな、これが」
という事で、今日のメニューはその「ベスト5」料理から注文したそうだ。
「手作りピザ」
「点心」
「豚の角煮」…

確かに自分で作るとなると、手間がかかりそうなものばかりだ。

拝「大体ね、女性は自分が作ってもらうとなると、どうして要求が大きくなるのかな。
男性が女性に作ってもらいたい料理って「肉じゃが」「カレーライス」「ハンバーグ」とかの、シンプルな料理でしょう。
なのに、女性から男性への第一位は「手作りピザ」だよ。
しかも、わざわざ「手作り」を強調されちゃって…。
大体「カレーライス」って言ったって、スーパーで買ってきたカレールー使うんでしょう。
だったら、男性だって買ってきたものをそのまま使っても良いと思うのにね」

武「そ…そうですね」
とりあえず相槌打ちながら聞いているのだが、今日の編集長は妙に饒舌だ。何故だろう?
今日取り上げる映画が、強烈な悪女を描く『おんな極悪帖』という事で、女性の無茶ぶり(?)にクダをまいているのか。
実は、今日のメニューが、ハバネロなんかをたっぷり入れた「極悪メニュー」かもしれないとちょっと怖かったのだが、ちゃんとした料理でよかった。
編集長のボヤキは当分続きそうなので、放っておいてこちらはとっとと先に進もう。

『おんな極悪帖』は、永田雅一オーナー率いる大映映画末期の作品。1970年4月に公開された。

下屋敷の主である太守(岸田森)は、配下の首を平気で跳ねてしまうような乱行を続けていた。
その側室お銀(安田道代)は元芸者だったが、情夫の春藤靱負(佐藤慶)に妾として差し出され、太守の寵愛を受けていた。
お銀は権力を手に入れようと、正室の暗殺を企て、自分の子を世継ぎにしようと企む。
お銀の差し向けた刺客(遠藤辰雄)は暗殺に失敗、しかも裏切って強請をかけて来た。
だが、お銀の付き人梅野(小山明子)に、刺客はあっさり斬り捨てられてしまう。
今度は毒殺を企てようと、お銀は医師玄沢(小松方正)から毒薬を入手。臆病な奥坊主の珍斉(芦屋小雁)を脅し、正室に毒を盛ろうと計画する…。


過去に苦労したため、強烈な上昇志向を持つ元芸者の側室お銀が、悪の限りを尽くしてのし上がって行く姿を描く、谷崎潤一郎原作『恐怖時代』の映画化作品

すべての登場人物たちが悪党で、裏切りを重ねながら物語が展開してゆくという、すさまじい人間模様が描かれている。

そのような物語なので、配役もクセ者俳優だらけ。安田道代、小山明子の冷徹な悪女ぶりはもちろん見ものだが、特に男優たちの濃いアンサンブルが見どころだ。

↑当時24歳(推定)の安田道代。この色気は何でしょ…くらくらしちゃう。

野心家の家老に、冷徹なイメージの佐藤慶

毒薬を調達する女好きの医師に小松方正

年上女を手玉に取る若い剣豪に田村正和

臆病ながらしたたかな奥坊主に芦屋小雁

ここに岸田森の殿さまが加わる。
誰が突然裏切ったとしても全然不自然ではないというギラギラした面々、70年代を支えたクセ者俳優たち勢ぞろいである。お家芸ともいえる各々の演技は、見ていて飽きない豪華さだ。

この当時の映画界は、テレビによる観客数減少に苦しんでいた。その中でも特に、永田雅一オーナー率いる大映映画は、大黒柱の一本であるスター市川雷蔵が若くして急逝したこともあり、集客力が極端に落ちていた。
そのため、この映画公開の一年八カ月後、大映映画は倒産してしまう事になる。

『おんな極悪帖』は、そんな切羽詰まった状態で企画された作品、という事もあり、エログロ風味が濃い即物的な内容となっている。
ただ、これが谷崎潤一郎の原作『恐怖時代』に、かなり忠実な展開だというから驚きだ。

拝「確かに変わった配役の作品だね。ほぼ全員脇役、スターがいない。」

武「市川雷蔵さんが急逝してから、九カ月後に公開された作品です。大映の役者はあまり使っていません」

拝「エログロもふんだんに盛り込まれているし。このいかがわしさ、「ザ・七〇年代映画」というような感じで面白い」

武「それに、映画は裏切りが果てしなく続くので、自然とどんでん返しだらけで軽快な展開です」

拝「でも、谷崎潤一郎って、凄い物語を書いていたんだね…」

武「「細雪」を書いた文豪、というようなイメージがあるので、私にも凄い違和感です」
拝「あ、そういえば「痴人の愛」や「春琴抄」なんていう情痴的な作品もある」

武「その二作とも、"新潮文庫の百冊"の常連作品なんですよ。読書感想文、書きづらいでしょうね…」

拝「じゃあ、そろそろ"岸田森的視点"よろしくね。確かこの作品、岸田森さんの死にざま、凄かったんじゃなかったっけ…」

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岸田森は、太守、つまり国持ち大名を演じている。
どのシーンでも高笑いを続ける完全に狂った権力者、側室のお銀(安田道代)を抱いている時にすら高笑いというから物凄い。

気分で配下を斬首したり、家臣を的にして弓矢に興じたりと、見かねた国許から使者が諌めに来るほどの乱行を続ける、見事にビジュアル的に狂った役柄だ。

ここまで狂うと思考も狂っているのかと思えばそうではなく、お銀と家臣伊織(田村正和)の悪だくみを見事に見破るという聡明な面も持っていたりするから侮れない。二人に詰めより、逆襲に転じた伊織に惨殺されてしまう。

完全に狂っていながら知的な面もあるという役柄は、岸田森の役者としての資質が存分に活かされたものだといえる。岸田森は、殿様を演じた事があまり無いのでこの役にキャスティングされたという事だが、その風貌と雰囲気を見事に活かした配役となった。

さらにすさまじいのは、その死にざまだ。

伊織に追いつめられ、広い屋敷内をこれでもかとのたうちまわりながら惨殺される。ひっくり返ったり這いつくばったりと、文字通りの大暴れといった激しさだ。

惨殺に至るシーンは、全体で一分半以上もあり、岸田森は六回も斬られてからやっと止めを刺されている。これだけの凄惨な死にざま描写は、あまり他の作品では見ないものだ。
高笑いの騒々しさも相まって、はっきり言って、この映画で一番鮮烈な印象を残す役だ。
監督の池広一夫と岸田森とはこの作品で出会い、その後三船プロダクションのテレビ時代劇などで何本か組んでいる。


拝「あの高笑い、すごいね」

武「笑いの演技は、他の感情よりも難しいそうなんです。岸田森さんは、大変だったと思います」

拝「冒頭の首斬りシーン、上手かったね。本当に斬ったように見えるよ」

武「絶妙なカット割りでした。そういえば、この作品の殺陣をつけた人は座頭市も担当した人らしいです」

拝「だから、佐藤慶さんの斬られる所も凄かったんだ。納得」

武「後にテレビ『旅がらす事件帖』第24話「怒りに血煙る甲州路」(81)という作品で、これとそっくりな乱行三昧の若殿が出てくるんです」

拝「それも岸田森さん?」

武「森さんは、その脇にいる守り役。この映画の安田道代さんみたいに、若殿を排除して権力を握ろうとします。ちなみに殿は堀内正美さん」

拝「堀内正美さんって『ウルトラQザ・ムービー 星の伝説』(90)で岸田森さんみたいな役をやっていた人だ。それ、面白そうだね」

武「本当に雰囲気そっくりでした。だから『旅がらす事件帖』は、ある意味ファンには貴重な作品かと…」


拝「次の作品も、死にざまが凄い作品?」

武「そうですね…出番は少ないですが『銭ゲバ』はいかがでしょうか?」

拝「カルト映画で来たね。それよろしく。じゃあ、次回もこの居酒屋で」

と、言うと拝編集長は早々と帰り支度を始めた。

武「今日は早いですね」

拝「スーパーで買い物しなきゃならないんだ…」

武「珍しいですね。…もしかして料理でも作るんですか?」

拝「居酒屋でグダグダの映画話ばかりしないで、たまには家でサービスしなさいって言われちゃって…ハハハ」

武「それで『女性が笑顔になる男の料理ベスト5』か…」

拝「でさ、明日はね…」
そう言うと、テーブルにあったおしぼりを人差し指でくるくる回し始めた
「手作りピザ」か…頑張って下さい!

(※このブログはフィクションです。登場する実在と思われる人物は、似てはいますが実在の人物ではありません。)


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