『孤島の王』
KONGEN AV BASTOY
2012年/ノルウェー=フランス=スウェーデン=ポーランド/117min
配給:アルシネテラン
2012年4月28日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町にてロードショー!
(c)les films du losange
ノルウェー南部のバトイス島では、1988年よりエコロジー、人道主義、責任感を三本柱とする世界初の“人間生態学的な刑務所”が運営されているが、1900年から1970年にかけてそこには非行少年の矯正施設があった。
ここで1915年5月20日に収監されていた少年達が反乱を起こし、鎮圧のために150名の兵士が動員されたという史実に基づいたノルウェー映画が『孤島の王』だ。
本国では公開時に大ヒットを記録、同国の映画賞アマンダ賞で8部門にノミネートされ、作品・脚本・助演男優・音楽の4部門を受賞している。監督は4本の長編監督作のほか、多数の短編やプロデューサーとしても活躍するマリウス・ホルトで、本作が本邦初紹介作となる。
1915年、バストイ島の少年矯正施設に、罪を犯した船乗りの少年エーリングが送還されて来る。施設では尊大で厳格な院長を中心に、自由と個を徹底して排した管理・指導がなされおり、施設についたエーリングも私物は没収され、髪を短く切られ、C19という番号で呼ばれることになる。
院長は卒院間近の優等生オーラヴ=C1にエーリングの教育係を命じ問題児を管理下におこうとするが、エーリングはオーラヴのアドバイスなど意に介さず、反抗的な態度や隙をみての脱走を試み、その度に厳しい体罰や過酷な労働を強いられる。
そしてその巻き添えを喰うオーラヴ。だがそうした過酷な日々を共有するうちに、当初は反発していたエーリングとオーラヴの間に確かな絆が芽生えはじめる。
そんなある日、彼らと同じC棟の気弱な少年イーヴァルが入水自殺してしまった。イーヴァルはC棟の権力を嵩とする寮長ブローテンから、度重なる性的虐待を受けていたのだ。そして少年達の不満と自由への渇望は、ついに頂点に達し…
史実に基づいているとはいえ、物語自体は創作されたもの。
そこで描かれる、周囲が海の孤島に作られた施設、収監者の尊厳や意思など無視した管理体制と懲罰、そして寮長らに寄る虐待、それでも自由を求め抵抗と脱獄を試み続け、やがて体制そのものを覆す原動力となっていく主人公、そして共通項がなかった収監者同士の間に芽生える絆などは、刑務所・収容所ジャンルの定番のてんこ盛りともいえるだろう。それでも本作には、単にジャンルの再構成では終わらせない魅力がある。
一つはノルウェーの厳しい大自然。雪が吹雪く森林や、大部分が凍てついた海岸線の情景等により、ただでさえ過酷な野外作業や、懲罰として行われる岩の移動作業等が、観客により衝撃的に重々しくのしかかる。
そしてもう一つは、そうした中でも決して抑えることの出来ない少年たちの瑞々しさとたくましさだ。中でも印象的なメインの二人について記すと、オスロ国際芸術アカデミーの出身で、主人公のエーリングを演じているベンヤミン・ヘールスターは、ふてぶてしい面構えの中に筋の通った純粋さも窺わせ、その姿は『パピヨン』でタイトル・ロールを演じたスティーヴ・マックイーンの少年版といったところか。
1年以上かけたオーディションでオーラヴ役に選ばれ、本作で前述の助演男優賞を受賞した新人トロン・ニルセンも、正義と自由を希求する面を優しく従順な性格の中に秘めた少年を好演している。
劇中、字が読めないエーリングの手紙をオーラヴが読んであげようと持ちかけたことが、相反する二人が打ち解けるきっかけとなっており、やがてエーリングは自分がいつか書きたいと言う物語について語るようになる。それは銛を三本打ち込まれても、死なずに暴れ続ける鯨の物語。
少年達の環境とオーバー・ラップするかのように劇中たびたび語られる物語は、やがて悲しくも感動的な結末に昇華されるのだ。
体制側に目を向けると、矯正施設の院長に扮しているのは、ラース・フォン・トリアー監督の諸作で注目され、『RONIN』やリメイク版『ドラゴン・タトゥーの女』等のハリウッド作品にも多数出演しているステラン・スカルスガルド。
その腹に一物持った敵役での独特の存在感には、御本人の名前は覚えられなくとも一度見たら忘れさせないものがあり、本作でも最初は少年達を人間扱いしなくとも、とりあえず筋は通った堅物と思わせておいて、実は我が身の保身のために…という大人の厭らしさをしっかり披露し、ファンの期待を裏切らない。
↑ステラン・スカルスガルド 屈折した役柄がはまりすぎ。「エクソシスト・ビギニング」の若いころのメリン神父がカッコいい
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