武井「良く、こんなメニュー、居酒屋にありましたね…」
机の上には大皿に載った大盛りパスタがドンと置かれていた。
いつか愛知県の喫茶店で見た「インディアン・カツスパゲッティ大盛」そっくりだ。
どうやって頼んだのだか…。
多分、今日取り上げる映画の一本が大林宣彦の『喰べた人』だからだと思う。
武井「あ、拝編集長、映画みたいに黙々と食べ続けると、
話が進まないので止めてください」
拝「そうだよね。ハハハ」
まったく…。
拝「今日は、大林宣彦監督と岸田森さんについてドーンと書くんだよね」
武井「はい。今回は映画だけの話ではないと思います」
拝「うん、面白そうだね。くれぐれも長くなり過ぎないようにね」
そういうと、編集長は黙々とスパゲッティを食べだした。
岸田森と大林宣彦監督との出会いは、
1963年製作の個人映画『喰べた人』までさかのぼる。
(C)Nobuhiko Obayashi
それまで八ミリフィルムで自主映画を盛んに作っていた大林宣彦は、
ブリュッセル国際実験映画祭出品のために、
初めての16ミリ作品『喰べた人』を手掛けた。
映画は、シュールレアリズム絵画を描く藤野一友と共同で演出、
レストランで黙々と料理を食べ続ける客、
そして料理スタッフたちの様子をシュールに描いた二十分ほどのモノクロ作品だ。
(C)Nobuhiko Obayashi
大林宣彦は、レストランを一晩借り切って、
脚本も絵コンテもなく溢れるイメージをどんどん映像化していった。
ラストで、レストランの客たちが包帯だらけになるシュールな展開となるが、
これは大林宣彦が見た悪夢のイメージを映像化したものだった。
この作品は、文学座の松下砂稚子が主役を務めた。
そのために、出演者も文学座からのユニット出演となり、
そこに草野大悟、岸田森が参加した。
岸田森の役は、レストランで一心不乱に食べ続ける客というもの。
(C)Nobuhiko Obayashi
文学座の先輩、松下砂稚子について来たエキストラという扱いだった。
だが、映像での岸田森の前に座っていたのが、
平田穂生という大林宣彦の仲間内だったため出番が多く、
その前の席に配置された岸田森は、後ろ姿ながら出番が多くなるという幸運を得た。
エキストラにしては、結構目立っているのだ。
ちなみに、平田穂生は、演出家とてして有名な平田ヲリザの父親である。
文学座では若手だった岸田森は、カメラの前にいない時には、
床の拭き掃除をしたり、アシスタントのような事をこなしていた。
大林宣彦監督は、この時の出会いが非常に印象的だったという。
(C)Nobuhiko Obayashi
「『喰べた人』ビデオの解説で、大林宣彦監督は、
岸田森さんの事「森ちゃん」って、呼びかけているね」
と、大盛りスパゲティを食べながら拝編集長。
やはり、映画を真似ているらしい。
「役者と監督は、映画を撮っている時には、
「この人のためならば死んでも良い、というくらいの気持ちになる」
という事で、一種の恋愛関係が発生するのだそうです」
「大林監督らしい表現だね」
「だから、恋人としての「森ちゃん」という呼びかけらしいです」
「へぇ?。しかし、この作品はシュールだ。
岸田森さん、ラストでは包帯を口から吐いていたし」
(C)Nobuhiko Obayashi
「森さんではないですが、口の中から目玉がのぞくシーンは『HOUSE/ハウス』でも、南田洋子さんがやっていました。
大林監督は、やる事にブレがないです」
「で、この次2人のコンビは何?ちょっと時間が空いているみたいだけれど…」
『HOUSE/ハウス』で、商業映画の監督として鮮烈なデビューを飾った大林宣彦は、精力的に作品を発表してゆく。
そして1979年、第四作目『金田一耕助の冒険』で、
ついに岸田森を、自身の映画に再び出演させた。
(C)1979角川映画
『金田一耕助の冒険』は、角川映画と大林宣彦監督が組んだ最初の作品。
当時ヒットを飛ばしていた金田一耕助映画のパロディーとして作られた。
ただ、そこは『HOUSE/ハウス』という
枠にとらわれない作品を撮った大林宣彦の事、金田一耕助だけにとどまらず、
当時メディアミックス戦略を大規模に仕掛けてヒット作品を連発していた
角川映画自体のパロディーや、
TVCMのパロディーまでも取り込み、
そこに、東千代之介や三船敏郎などの大スターが突然乱入、
しかも原作者の横溝正史や、角川春樹なども登場する賑やかな作品となった。
(C)1979角川映画
『喰べた人』の時、岸田森は文学座に入座したばかりで、
役者としてキャリアはほとんどない新人俳優にすぎなかった。
そして、大林宣彦監督も、個人映画を中心に活躍しており、
まだ人々には広く知られていない映像作家だった。
そんな2人が、今回はプロとしての顔合わせを果たしたのだ。
岸田森の役は、新婚旅行中の吸血鬼という、自らをパロディーにしたもの。
検問されたリムジンで、花嫁の血を嬉しそうに吸って、
猫みたいな鳴き声で警官を威嚇(?)していた。
大林監督は、この吸血鬼の役を、岸田森が引き受けなかったら
シーンごとなくそうと考えていたという。
武井「拝さん?」
ついさっきまで、大盛りスパゲッティを食べ続けていたと思っていた編集長は、
軽く寝息を立てながらうたたねをしていた。
無理して食べ続けたから疲れたのか…もしかしたら、本文が長すぎたかも。
武井「編集長、編集長、へんしゅーちょー!!」
やはり起きない。
困ったな…本文が長くなって、終わらないし、どうしようかな…
いや、これはチャンスだ。前向きに考えろ!
今は、どんな事を書いても文句は言われないってことだぞ。
という事で、編集長が目を覚まさないうちに、勝手に次回告知。
「次回はこの続きから行きます。長くなって申し訳ありません。
では、乞うご期待。次回もこの居酒屋で…」
▼【動画】『喰べた人』(全編) U B U W E B - Film & Video: Nobuhiko Obayashi - Tabeta Hito
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