ご無沙汰してます。
すっかり秋らしくなり、天気のいい日には自転車を乗り回している印度です。
さて、数年前から世界の好事家達の熱い期待を集めていた作品『アイアン・スカイ』が遂に日本でも公開されました。
3年ほど前に、カナザワ映画祭のトークライブで、
「映画秘宝」などで知られる、イラストレーターの高橋ヨシキさんに
「スゴイ映画がある」と紹介されて予告編を初めて見た時の驚きは忘れられません。
月面をドイツ軍の軍装をした兵士がサイドカーで疾走し、
その向こうにハーケンクロイツの形をした巨大都市がそびえている!
(以下内容についてのネタバレあり。未見の方はご注意ください)
「こりゃ?確かにスゴイけど、完成しそうにないなぁ…だってこんな内容だし… 」
その時にはこんな風に思ったものです。
案の定と言うべきか、その後この映画のウェブサイトを見てみると
資金難で製作が絶賛休止中!
この映画が見たいあなたは是非募金して下さい!
う?ん…やっぱり…
でも、そんな風に思っていた私は、この映画に対する愛が足りなかったと反省しています。
世界中からたちまち
「スゲエよ! この映画!絶対見たい!」
という浄財がネット上に65万ユーロ(7000万円近く!)も集まり、めでたく完成にこぎつけたのですから。
(ちなみに、総製作費は750万ユーロ=約7億6000万円といわれています)
さて、この映画でも悪役ですが、第二次大戦後の大衆文化にとって、
ナチは無くてはならない存在でした。
皆さんも、映画、コミック、小説などでナチやナチの残党が悪役として出てくる作品を数多く目にしてきたと思います。
ナチそのものではなくても、
悪の集団の首領が何故か「総統」という肩書だったり、
名前が○○ラーだったり、
その構成員がドイツ軍を彷彿とさせてしまうようなデザインの制服を着ていたり、
ナチをモチーフにした悪役は枚挙に暇がありません。
▼ジャンル作品で「総統」と言えば、この方!デスラー総統
中には、”ナチスの残党”というキャラを売りにしていた(けど、実はユダヤ系だったとか)
プロレスラー、フリッツ・フォン・エリックもいた位です。
▼アイアン・クローが見られるフリッツ・フォン・エリック(鉄十字のスタジャン着用)VSボボ・ブラジル戦
”ナチの残党が世界のどこかに潜んで復讐の機会を狙っている”
というお馴染みの話も、元々は終戦直後に連合国が持っていた懸念が、その源泉にあります。
ドイツの国内に潜むナチス親衛隊のゲリラ部隊「人狼」、
ドイツ南部の山岳地帯でドイツ軍が立てこもっているという「アルプス要塞」、
そしてヒトラーが演説で言及したナチス最後の残党「ラスト・バタリオン」などなど。
▼ヒトラーの「超人ラストバタリオン予言」:それはUFO軍団か、超人軍団か? : Kazumoto Iguchi's blog
ヒトラーの秘密―ヒトラーは本当にUFOを作ったのか? (Graphic Action Series 世界の傑作機別冊)
じり貧のドイツが破れかぶれで行ったプロパガンダや、
それを過大に評価してしまった連合軍の恐怖心(戦争が終わらない!)によって、
ナチスの幻影は戦後にも大きな影を落としました。
だから、ナチ残党映画は戦後すぐに作られています。
フランスの巨匠、ルネ・クレマンによる『海の牙』(1946)では、
南米に逃亡しようとするナチ高官が乗ったUボートが舞台でしたし、
敗戦直後の瓦礫の山と化したドイツでロケしたアメリカ映画『ベルリン特急』(1948)でも、
ドイツ国内に暗躍するナチの残党が登場していました。
まだ世界が、ナチの残党の脅威をリアルに感じていた時代の作品です。
それから60年余、悪役の定番としてポップカルチャーの中に定着していたナチを、
新たなイメージで捉えたのが、この『アイアン・スカイ』です。
地球の上(ナチ残党の隠れ家というと、南米や南極辺りが定番でしょう)なんてちいせえ、ちいせえ。
ナチは地球から見えない月の裏側に大帝国を築いていた!
そして、今尚地球への帰還、つまり侵攻を諦めていなかった!
という、まるでマニアの中学生レベルの妄想(いわゆる厨二病)丸出しの世界観を大真面目に映像化する、
言ってみれば、コロンブスの卵的発想で作られた稀有の作品でしょう。
まんまガスマスクのドイツ兵の宇宙服、
巨大な歯車が火花を散らして動くアナログな都市のメカ、
そして何故か飛行船のような形の宇宙空母…
月面ナチ帝国は全体的にレトロなデザインで、
どれも約70年間地球から孤立した状態で独自に科学技術を発達させた異形の兵器ばかり。
そんな戦前のSF雑誌の表紙のようなメカが、大挙して地球軌道へ侵攻してくるシーンは実に燃えます!
▼レトロなデザインのナチ艦隊侵攻!
ミリオタであり、SF好きでもある筆者にとっては、
正に自分の子供の頃のイメージを実現してくれた快感に溢れています。
(まさか実現させる人がいるとは思わなかった)
しかも、わざわざ空母が牽引してきた隕石を地球へ落としていく
ネオ・ジオン(逆襲のシャア!)のような戦い方。
地球の連合宇宙艦隊に本拠地で攻撃されると
ラスボス(さらば宇宙戦艦ヤマトに出てきたガトランティスの超巨大戦艦!)のように出現する
超巨大宇宙船ラグナ・ログ=神々の黄昏。
見ていると気恥ずかしくなるような”オレが見たいSF映画”のイメージが続々。
だから「やられたなぁ、参ったよ」と脱帽したくなりました。
ナチス・メカだけでもヴィジュアル的にはお腹一杯感もあるのに、
アメリカを初めとする各国が密かに建造していた
軍用宇宙船(現代的なモジュール構造の船ばかり)の連合艦隊との宇宙艦隊戦も激燃え!
▼今風デザインの地球連合艦隊
レールガンや核ミサイルを装備した
米宇宙戦艦「ジョージ・W・ブッシュ」の『スタートレック』チックなブリッジも、これぞアメリカ艦!という感じ。
(但し、VFXデザイナーのユッシ・レディネーミは、その影響を否定)
▼CGIプロデューサー&監督のインタビュー
しかし、この映画はナチ+SFというイメージに溢れつつも、
よく見るとわかりますが、基本的にはコメディです。
特に、終始軽いノリで活躍するアメリカの黒人宇宙飛行士ワシントンと、
真面目で天然な月面ナチ帝国の女性科学者レナーテとの
カルチャーギャップありまくりな関係が秀逸でした。
編集されてナチズムを賛美するプロパガンダ映画(!)に変えられた
『チャップリンの独裁者』(1940)しか見たことなかったレナーテが、
ワシントンに誘われてオリジナル版を見るとショックを受けるシーンはなかなか深いギャグだと思います。
小技ですが、捕虜になったワシントンにこっそり会いに来て、
ナチス的挨拶(片腕を挙げる、あれ)をしながらサムズアップをするものニンマリしてしまいました。
そして、地球にやってきたレナーテのナチズムを讃える演説を聞いて、
「選挙に使える!」と自分のキャンペーンに早速取り入れるアメリカ大統領
(共和党のお騒がせ候補だったサラ・ペイリンを彷彿とさせる)もブラックユーモアが利いているし、
落ちは伏せますが、ナチスの侵略に勝ったのに、世界各国がその後の主導権を握って戦争が勃発し…
というラストもかなりブラックな笑いです。
紛糾する会議の席上、
スワスチカ(いわゆる卍=まんじ。元々ヒンドゥー教では幸運の印)の指輪をしているインド代表が
「お前もナチだろう!」と言われて「これは平和のシンボルです!」と言い返すのも笑えました。
この映画には今年の2月の公開以来「ナチを賛美している」という批判もあるようですが、どう見てもそうとは思えません。
ビジュアル的にはカッコいいかもしれないけど、それは悪役としてのキャラ立ちと言えるでしょう。
大体この映画を見て「ナチって素晴らしい!」なんて考えに至るのは、かなり難しいのでは。
この映画を、日本に初めて(でしょう)紹介した高橋ヨシキさんは、
製作資金を募金するのみならず、今回の日本公開に際しては字幕翻訳を担当し、
更にノベライゼーションも執筆されています。
アイアン・スカイ (竹書房映画文庫) ティモ・ヴオレンソラ マイケル・カレスニコ 高橋ヨシキ 竹書房 2012-09-12 by G-Tools |
更に、あの町山智浩さんも字幕監修に参加という
”わかっている方達”のコラボによって、この日本公開版はさらに楽しくなりました。
SFファン、ミリオタなら見て損無しの一本です。
上映期間も残りわずかとなりましたが、是非、劇場の大きな画面で見ましょう!
別冊映画秘宝ナチス映画電撃読本 (洋泉社MOOK) 別冊映画秘宝編集部 高橋ヨシキ 岸川靖 中野貴雄 洋泉社 2012-09-26 by G-Tools |
▼ファンからの質問に応える監督&出演者、このアットホームさがいいですな
Comment [1]
No.1後藤修一さん
まさに、おっしゃる通りです。ところでヒロインの名前ですが、レナーテです。
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