印度です。相変わらず暑いですね。
いぐさマットだけでは熱帯夜をしのげないので、流石に寝る時にはエアコンを使うようになりました。
さて、今回のお題はアニメ『おおかみこどもの雨と雪』です。
今年は日本のアニメ映画も元気な年です。
アニメ映画といっても、『ドラえもん』とか『ワンピース』みたいな原作付で盤石な人気を誇る作品や、
TVアニメの劇場版は、いつでも元気ですから別格として、
オリジナル企画(原作付もあるけど、それで集客が見込めるほどメジャーではないので)の作品が次々と公開されました。
春には、『人狼JIN-ROH』(2000)の沖浦啓之監督の『ももへの手紙』や、
『ワンピース』の劇場版を度々担当している宇田鋼之介監督の『虹色ほたる‐永遠の夏休み‐』。
そしてこの夏休みも、宮沢賢治&杉井ギサブロー&ますむらひろしの『グスコーブドリの伝記』
(『銀河鉄道の夜』(1985)トリオ再び)、
そして『時をかける少女』(2006)や『サマーウォーズ』(2009)の細田守監督の『おおかみこどもの雨と雪』です。
この『おおかみこども』、予告編だけ見るとまるでほのぼの親子の物語みたいな感じで、
それは決して間違った印象ではありませんが、
実際に見てみるとそれだけではないという印象の作品でした。
この物語、なんと「人狼と結婚した人間女性の育児記録」だったのです。
(以下、物語の内容に触れる記述あり。未見の方はご注意ください)
天涯孤独の女子大生、花(はな)が偶然出会った孤独な青年、
それは絶滅したはずのニホンオオカミの血を引く人狼でした。
変身しても基本的にヒューマノイド型で二足歩行する狼男(Wolf Man)では無く、
四足歩行の巨大な狼になる人狼(Werewolf)です。
花と「おおかみおとこ(劇中ではこう呼ばれます)」は恋に落ち、
結ばれて(ちゃんとそのシーンもあります。私が観た映画館では子供連ればっかりだったので、ちょっと気まずかったかも・・・)、二人の子供を授かりました。
子供達は人間と人狼の血を引く「おおかみこども」となるのですが、
父の血統が強いのか狼に変身します。
と言っても、満月になると変身する伝統的狼男では無く、
『ハウリング』(1980)みたいな興奮すると変身するモダンな人狼でした。
今風の言い方をすると、妖かしの者とのハイブリッドな存在”半妖”ですね。
ストーリーとしては、古くから伝説や民話にもある「異種婚姻譚」です。
動物と人間が恋に落ちたり、結婚したりするという、
例えば日本の「鶴の女房」、ヨーロッパの「かえるの王様」、
中国の「白蛇伝」みたいな話は世界各地に存在しました。
その結末はハッピーエンドだったり、アンハッピーだったり色々。
▼異種婚姻譚の代表「カエルの王様」
しかし、下の子供である長男の「雨(あめ)」が誕生してすぐに夫のおおかみおとこは、
どういう状況なのか劇中でははっきりとは描かれませんが、亡くなります。
巨大な狼となって川の中に横たわる夫の姿を目の当たりにした花は愕然と道にへたり込みますが、
あろうことか愛する夫の遺体は”動物の死骸”という
生ゴミ扱いでゴミ収集車に放り込まれていきます。
それなのに、この哀しみを誰にも言えない、誰にもわかってもらえない。
雨の中、二人の幼い子供を連れて声を殺すように号泣する花を見ても、周囲の人は理解出来ません。
このシーンを観て、私はゾクっとしました。
異種婚姻譚を現代の日本でリアルにやるとどうなるか。
この作品はその辺りを容赦無く描いていきます。
夫が亡くなり、人狼という種族についての知識をほとんど持たない花は、
狼の生態を独学しながら、二人の子供達を育てるのですが、これが大変。
出産からして、狼の姿で生まれてくるかもしれない赤ちゃんが、
人目に触れる危険性を避けるために産婦人科ではなく、自宅出産でした。
子供達は興奮すると変身するのですが、幼いのでまだコントロールが出来ません。
だから、人の前には出せず、散歩にもろくに行けません。
長女である雪(ゆき)が間違えて乾燥剤を飲み込んでしまうという、
幼児にありがちな事故に遭っても、
果たして動物病院に行けばいいのか、小児科病院に行けばいいのかわからない。
苦しむ雪を連れた花が、向かい合わせに立っている二つの病院の間で
途方に暮れる姿はちょっとおかしいような、でも深刻なシーンでした。
そんな具合なので、子供を保育園にも預けられないし、小児科の定期検診にも行けないので、
児童相談所の職員が虐待やネグレクト(育児放棄)を疑ってやってきます。
花には子供を他人に会わせられない切実な理由がありますが、それを誰にも言う事が出来ない。
結局、東京での生活に限界を感じた花は山奥の古民家へと引っ越すのでした。
人狼の血を引く子供達を育てる。
こんな話をファンタジックでありながらリアリズムを交えて描く事が出来るのは、
多分日本のアニメだけでしょう。
ハリウッドでこういう題材を映画化したなら、
狼男の血を引く少年が登場する『ティーン・ウルフ』(1985)のように
コメディになってしまうのではないかと思います。
▼狼男になると人気者!なのがアメリカっぽい「ティーン・ウルフ」
もし、日本で実写映画するにしても、やっぱり笑いと涙のコメディになるのではないでしょうか。
例え特殊メイクやCGIを駆使したとしても。
さて、山奥に引っ越した花の一家は、人里離れた環境だということもあり、
以前よりも伸び伸びと暮らし、周囲のほのぼのとした人々の手助けもあって、
子供達もスクスクと育っていきます。
しかし、成長していく内に、子供達は
自分達が人間でも狼でもあり、同時にそのどちらでも無い
という自らの複雑な存在に迷い、悩むようになりました。
快活な姉の雪は積極的に人間社会に馴染もうと努力しますが、
転校生の草平に「お前、何かケモノ臭いな、ペット飼ってるのか?」
と言われたことで狼狽してしまい、学校で遂に狼に変身してしまいます。
問い詰められた雪が、気がついたら腕と顔が狼に変身して、
その爪で草平の耳を切り裂くシーンは、突然血がドバっとほとばしることもあって、
日常の中に突然ホラー映画が出現するような恐ろしくなる映像でした。
そして、そんな事があってから余計に人間である事にこだわる雪と、
段々自分の狼としてのアイデンティティに目覚めて行く弟の雨は、
ある日兄弟喧嘩をするのですが、
台所で「私は人間だから!」「狼だろ!」と言い争っている内に狼に変身していく二人のシーンは、
アニメならではスムースな展開でした。
雨に引っくり返されたテーブル越しに「やる気?」と唸る雪が狼化していくカットなんか、
実写だったらこうはいかないなぁと感動ものです
結局、姉の雪は中学生へと進学し人間として生きることを、弟の雨は山の中で狼として生きることを選択。二人の人生は分かれていきます。
このように、人狼の人生を誕生から思春期まで描いた作品なんて、今まであったでしょうか?
人狼を含む広い意味での狼男は皆映画や小説の中では恐怖の存在で、それ以上の描写などほとんどありません。
この映画は、
異形のものとして人間の中で生きていかなければならない悩み、
それなのに人間の血も引いている故のアイデンティティの揺らぎ、
そんな異人種の人生をほのぼのとしたり、シリアスでリアルになったりと
緩急自在の演出で描き出した、今までにないタイプのファンタジーなのかもしれません。
花一家が山里へ移ってからの暮らしぶりが、
「シングルマザーが冷たい都会に疲れて、温かい田舎に癒される」みたいな類型的なものを感じないではないし、
花が女性として母親として余りにも理想的(これは監督が意図的にそう描いているそうです)だと思わないでもないですが、
それを補って余りあるものが、この作品にはあります。
映像的にも、今や日本アニメが誇れる技術である、
山や森、古民家、そして雪などの精密で美しい背景美術、
おおかみこども達が森や雪原を疾走するスピード感溢れる作画など観どころも多く、
是非大きい画面で観て頂きたいところです。
コメントする
※ コメントは認証されるまで公開されません。ご了承くださいませ。