拝「ウーロン茶割り…緑茶割り…酎ハイに生レモンサワー、ゆず蜜サワーなんていいかもな…。
沖縄シークワーサーサワー?…
健康に気遣うんだったら黒ウーロン茶サワーか。
今はやりの特保飲料を使ったサワーは、さすがにまだないよね…」
今日の拝編集長、妙にメニューをじっくりと見ている。
武「中々決まりませんね。どうしたんですか?」
拝「いや、このメニューに載っているサワー、全部飲んだ事あるかなって考えていたんだ」
武「そういえば、この居酒屋で打ち合わせするの、もうすぐ30回になります。
毎回色々と飲んでいるので、そろそろメニューを全部、制覇するんじゃないですか…あ!」
今日取り上げる映画は『制覇』。
だから、もしかしてメニューを端から端まで頼んで"制覇"しようなんて考えていたのか…
拝「そんなわけないじゃない。こっちだって予算があるんだから。いくら面白いからって、テーブルの上にサワーをド?ンと並べるなんて、さすがにやらないよ」
と、拝編集長は笑っている。
でも、普段の言動を見ているともしかしたら、という事もあったと思う。
早く気づいてよかった…
『制覇』は、1982年10月に東映から公開されたオールスター映画である。
日本最大のヤクザ組織谷口組三代目組長、田所(三船敏郎)が襲われ重傷を負う。
動揺する谷口組では、ボディガードの処遇をめぐり若頭の河上(菅原文太)と権野(若山富三郎)の対立が表面化、一触即発の状態となってしまう。
警察により襲撃犯が酒田組と特定されると、谷口組の報復が開始される。その徹底した報復に耐えきれなくなった酒田組は、犯人の近江(にしきのあきら)を匿いきれなくなり、ついには自分たちで殺害。
また同じころ、田所の長男(高岡健二)が私文書偽造で逮捕されてしまう。
田所の襲撃事件をきっかけに、新聞では谷口組解体キャンペーンが開始されていたこともあり、この事件への風当たりは強かった。そして、耐えきれなくなった長男の妻(秋吉久美子)は自殺してしまう。これを機に、田所は後継者を考え始める…。
原作はあの志茂田景樹の同名小説。山口組で実際にあった抗争をモデルにして書かれている。
映画は、志茂田、『制覇』のプロデューサー俊藤浩滋、監督の中島貞夫らの取材をもとにシナリオが書かれており、並行して小説も執筆されていたという形だった。
普通のヤクザ映画とは違っているのは、三船敏郎が演じる組長、田所の家族がきっちり描かれている点。長男の高岡健二、長女の中井貴恵、次男の桂小つぶと、およそヤクザ映画とは思えない、家庭的なキャラクターが登場。親がヤクザという事に苦悩しながらも、人生を進んでゆく様を描き出してゆく。
この辺りの構成は、『ゴッドファーザー』(72)からの影響が大きいのかもしれない。三船敏郎の寡黙で実直なイメージと、その家族の様子が、ヤクザ映画にはあまり見られないファミリー映画としての魅力を映画に付け足しているのは事実だ。
また、ラストで三船敏郎から組を引き継いだ妻、岡田茉莉子の存在感も出色。
最初は家庭的であまり目立たない登場だったが、組を引き継ぎ、三船敏郎の遺影を背に並みいる組員たちに語るシーンでの迫力は素晴らしい。
まるで大ヒット作『極道の妻たち』を先取りするような、印象的なシーンだった。
拝「確かに、この映画"極妻"と言えばその通りだね。殴り込みはないけど」
武「それに、またなんですけれども、出演者が豪華なんです」
拝「この頃紹介する映画、いつもそうだね」
武「クドイかなと思って、今回は書かなかったのですが…」
拝「それじゃあ片手落ちだよ。ド?ンと書いておいてよ」
主役田所を演じるのは三船敏郎。貫録たっぷりで谷口組三代目を演じ、東映ヤクザ映画ではあまりみられない紳士的な組長を作りだした。
田所の妻には岡田茉莉子。煮干の頭をもいでいるような家庭的な女性が、後に組を継ぐという大変身を遂げる。
谷口組若頭河上に菅原文太
その妻百代に松尾嘉代
河上と対立する、若頭補佐権野に若山富三郎
その子分海渡を小林旭
谷口組幹部に小池朝雄、待田京介、曽根晴美、寺田農
谷口組部屋住みに清水健太郎
谷口組を追いつめる警察関係では梅宮辰夫、今井健二
そして、田所の主治医大友に鶴田浩二
ほかにも中井貴恵、秋吉久美子、名高達男、草薙幸二郎、小田部通麿、大信田礼子、宮内洋、中田博久、丹波哲郎など豪華な出演陣だ。
武「全体に、主役クラスの俳優が大挙して登場しているのが特徴かなと」
拝「すごいね、この出演者。特に谷口組は、これが本当だったら物凄く豪勢な組だ」
武「こんな組が本当にあったら、警察でも近寄らないでしよう」
拝「梅宮辰夫さん、ソリ入っていて警察には見えない。どっちがヤクザかわからない感じだった。しかも部下に今井健二さんって…悪徳警官集団としか思えない!」
武「ここに岸田森さんが登場します」
拝「もうお腹いっぱいなキャスティング!
でも、確かこの映画、岸田森さんの遺作だったよね」
武「残念ながらそうなんです…」
岸田森は、北陸地方にある石川組の組長、石川浩之を演じている。
谷口組若頭補佐、権野(若山富三郎)の盃を受けていたが、羽振りの良くなってきた若頭河上(菅原文太)に寝返ろうと画策する。
この企みを知った権野の差し向けた刺客により、嵐の中射殺されてしまう。
岸田森の出演は全部で三か所。
・若い女を助手席に乗せて砂浜をジープで疾走、組事務所に乗りつける。
・レストランで河上に取入ろうと、手土産を渡そうとする
・嵐の中家に帰ると、そこに刺客が待ちうけており、射殺される。
この時の岸田森の役作りが面白かった。
いつもダンディーに帽子をかぶっていて、額の真中までしか日焼けしていない。
つまり、帽子をいつもかぶっているので、ツバにより額の上部がいつも影になり、日焼けしないという実に個性的な役作りだ。
確かに、そういう日焼けはあるかもしれないが、それを実際にメイクでやってしまうと普通の俳優ならばコントになってしまう。それを、迫力ある演技と役作りで、見事に乗り切ってしまうあたりが、岸田森の凄さだ。
また、刺客に射殺されるシーンでは、フスマや雨戸を何枚もぶち破って、嵐の中、庭に転げ出るという、激しいアクションを見せてくれる。
最後に撮影されたのは、海岸沿いのレストランで河上(菅原文太)と相対する二番目の登場シーン。
本来は北陸で撮影される予定だったのだが、体調を考慮して京都から近い琵琶湖畔のレストランにロケ場所が変更されている。
この時岸田森は看護婦同伴で現場に臨み、無事に撮影を終えた。
撮影日は昭和57年(1982)9月6日。映画公開が10月30日という事を考えると、かなり押し迫ったスケジュールでの撮影となった。
他のシーンは同年7月に撮影されていたが、その月の末に岸田森は体調悪化で入院、一シーンだけ撮影が完了しないままになっていた。
岸田森の体調次第では、配役を替えてという事も考えていたようだが、入院中岸田森自身から名乗り出て、一日で撮影されたという事だ。
シーンを見て見ると、食道にガンがあるにもかかわらずタバコを吸ったりしているのに驚かされる。声はさすがにガラガラだが、凛として演じ切っている姿には拍手を送りたい。
武「この撮影の三カ月半後に、岸田森さんは急逝します。つまり、このレストランのシーンが、役者として最後に撮影されたものです」
拝「そうなんだ…でも、映像で見る限り元気だよね」
武「役者って、凄いと思います」
拝「次回はどうしようか…」
武「今回の『制覇』は遺作ですが、それよりも後に公開された作品があるので、それでいかがでしょうか?」
拝「そんなのあるんだ。で、何?その映画」
武「『南極物語』です。これが本当の最後です」
拝「へぇ、出演しているの、気付がつかなかったな…それよろしく。じゃあ、次回もこの居酒屋で」
そこに店員さんがサワーを持ってきた。
それを見て、拝編集長は首をかしげている。
拝「あれ?これだけ?」
拝編集長の抗議に店員さん、飲み物は人数分にして下さいとすっかり弱り切っている。
やはり、サワーを一気に『制覇』しようとしていたのか…
まあ、いいか。いつもの事だ、気にしない…気にしない。
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