拝「岸田森bot、面白いでしょう」
武井「こんなマニアックなものあるんですね」
前回の帰り道、拝編集長が教えてくれたtwitterのbot(自動送信プログラム)をフォローしたら、
一時間ごとに岸田森さんのセリフが自動で送られてくる。
驚くべき事に300人以上の人がフォローしていて、
すでにセリフを5000種類近くもツイートしているのだ。
本当に、世の中便利(?)になったものである。
「これだけ数があると、マイナーなセリフも多くて、記憶力テストをされているみたいです」
「それいいね。今度『岸田森検定テスト』みたいなの、作ろうか」
「勘弁して下さい…。
ところで、今日取り上げる『蘇える金狼』ですが、岸田森さん、印象的なセリフばかりです」
「本当にそう。botでもいくつかつぶやいてたね」
と、そこに店員が料理を持ってやって来た。何やらトレーを持っている。
「これ、何ですか?学校給食みたいに見えますが…」
金属製のトレーの上に、ソフト麺、カレーシチュー、クジラの竜田揚げ、揚げパンと、小学生時代に食べたことのある懐かしいメニューが並んでいた。
しかも、ご丁寧に牛乳まである。脱脂粉乳かな…
「懐かしいでしょ。幼い頃の記憶が蘇えるでしょう」
「よくこのメニューを居酒屋が出してくれましたね。
昔が?蘇える?という駄洒…いや、面白いです!凄く」
「ん?そんなに面白い?
いつも微妙な顔されちゃうけど、何だか今日は気味悪いなぁ」
「そんな事ないですよ。
では、美味しくいただきながら、本題行きます!」
大藪春彦原作のハードボイルド映画『蘇える金狼』は、
当時メディアミックス的宣伝を仕掛けヒットを連発していた角川春樹事務所が製作した、
いわゆる角川映画の一本として、1979年8月に公開された。
巨大企業、東和油脂の経理部に所属している朝倉(松田優作)は、
昼は風采のあがらない地味な社員だが、
夜にはボクシングジムに通い鍛え上げ、会社乗っ取りの野望を着々と進めていた。
朝倉は、まず銀行輸送車を襲い一億円を奪取。
それを麻薬に変え、経理部長の愛人、京子(風吹ジュン)をドラッグ漬にして手なずける。
その頃、桜井(千葉真一)という男が、東和油脂の不正を種に、
5000万円という巨額のゆすりをかけてきた。
会社は、秘密興信所の石井(岸田森)を使い桜井を暗殺するが、
手掛けた石井も裏切って会社を脅迫して来た。
うまく立ち回った朝倉は、重役たちから石井暗殺を請け負う…
脚本は、ハードボイルド作品を数多く残している永原秀一が担当。
マニアックな拳銃の扱いや、ストイックな主人公など、
前に取り上げた同じ永原の脚本『狙撃』『弾痕』と、ディテールの似ている点が多い。
しかし、これらの作品と決定的に違うのは、
松田優作の個性が映画を引っ張っている事だろう。
凄みを感じさせるハードボイルドな展開の中に、
タイミング良くとぼけたセリフを混ぜ込んでゆく手際の良さは、松田優作ならではのオリジナリティだ。
ゴルフ練習場で、風吹ジュンの気を惹こうと、ゴルフクラブをすっ飛ばしてしまうシーンなど、
ハードボイルド映画とは思えないほどにコミカルである。
また、ラストの主人公の死にざまは、
『野獣死すべし』につながる松田優作独自の世界と言ってもいいだろう。
松田優作と絡んでくる俳優たちも個性が光る。
ヤクザ今井健二との、緊迫した場面での妙に間の抜けたセリフの応酬。
コミックタッチで誇張された扮装で登場する、市会議員南原宏冶の堂にいった大物ぶり。
小池朝雄、成田三樹夫、佐藤慶、草薙幸二郎のベテラン脇役俳優たちが演じる会社重役たち。
特に、会社重役たちが別荘で松田優作に脅されるシーンが素晴らしい。
芸達者な役者たちが、妙にリアルに責任をなすりつけ合う掛け合いは、一見の価値がある。
この時、目立たないながら、草薙幸二郎が動揺してタバコをさかさまに吸っているのもポイントが高い。
拝「濃い役者揃えているよね。セリフ廻しも独特で。
『銃ってのはな、セーフティーレバー外さなきゃ弾出ないんだよ』
っていう優作さんのセリフも面白かったけど、
その後の小池朝雄さんいきなり『許して?』だもの。
あれは意表を突かれたよ」
武「アドリブでやったんじゃないかと思うくらい、妙なリアル感がありました」
「でも、凄みを効かせる所はきっちり決めてる。
『大株主に珈琲くらいもってこんか!』っていう優作さんの啖呵は恰好良かった…」
「物語の途中、千葉真一さんのシーン、主役はただの傍観者なんです。
それでもちゃんと成立するのは、優作さんの個性の強さだと思います」
「風吹ジュンさんもエロチックだったね。
いきなり優作さんのジッパー下ろしちゃう。
こういうシーン、ありそうで無いよ」
「拝さん、鋭い!やはりそこですよね。」
「ん?そんなに鋭い?
いつも呆れられちゃうけど、何だか今日は気味が悪いな…
んじゃいつもの?岸田森的視点?よろしくね」
岸田森が演じるのは、東和油脂が雇った秘密興信所所長、石井だ。
役柄は以下の通り。
・会社に巨額の強請を仕掛けて来た桜井(千葉真一)の暗殺を引き受ける。
・恋人を利用して桜井をおびき寄せる。
しかし、逆襲に転じた桜井に急所を強打され、部下も刺されて、ほうほうの体で逃走。
・豊洲の石炭埠頭で桜井を奇襲、激しいカーチェイスの末に射殺する。
・東和油脂を裏切り、逆に強請をかける。
・東和油脂に命令された朝倉(松田優作)に射殺される。
という、かなりダーティーなイメージの役。
役作りを原作とは大きく変え、
白の上下に黒のエナメルコート。仕込杖にサングラスで盲人を装っているという、ビジュアル的にかなり強烈な役作りをしている。
中国人をイメージしたような外国訛りで、セリフのセンテンスが極端に短かく、とても印象に残る。
「ギャラ、高いよぉ」
「高いっ!カ★ワになりゃ、考えも変わるだろうに」
「恨み、深いよぉ?」
ちょっと甲高い声も相まって、かなり印象的だ。
途中、尾行をまかれた時に、うろたえて小池朝雄に電話を掛けるシーンはコミカルで面白いが、
桜井を射殺する時に石炭のズリ山を滑り降りながら銃を乱射するシーンなど、かなり決まっている。
物語中盤のアクセントともなる大切な役だ。
他の出演者同様、好き勝手に役作りをさせているとしか思えないほどに、伸び伸びと演じている。
拝「岸田森さんの死ぬシーン、凄いね。
フスマが破れないものだから、撃たれた後二、三回エルボードロップかませて、
無理やりぶち破りながら死んでいるし。普通だったらNGでしょ」
武井「実兄の岸田蕃さんにお見せしたら「これ、放送事故じゃない?」なんて笑っていました」
「現場の勢いかもしれないね。
中々、こういうシーン、見られないと思うよ」
「ところで、松田優作さんの社員姿ですけれども、カツラに黒縁メガネですよね。
あの扮装、なんとなく岸田森さんに似ていると思いませんか?」
「そうかな…」
「この時期、松田優作さんは、岸田森さんと同じ「六月劇場」に所属しているんです。
だから、優作さんは、岸田森さんの影響を受けていても不思議はないと思います。
これは、私の想像…というよりは妄想ですけれども」
拝「ところで次回だけど、何かアクションで行けないかな」
武井「実は、どうしても岡本喜八監督で行きたいんです」
「あれ?強引な感じだね」
「それに、言いにくいのですが…
この連載を借りて、ちょっと告知したい事があるんですけれど…」
「…今まで、そういうのやらなかったからなぁ。
まあ、いいか。今日は色々褒められちゃって機嫌がいいし…
あ、もしかして、このために無理して褒めていた?」
「決してそんな事はありません(棒読み)」
「しょうがないなぁ。
じゃあ、次回は岡本喜八監督の事、よろしくね」
「ありがとうございます!
ちゃんと岸田森さんの事も書きますから」
「じゃあ、次回もこの居酒屋で」
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