武井「今日はぐっと和風で、ブリ大根ですか。」
拝編集長「チェーン展開している居酒屋って、意外と煮込んだ料理少ないんだよね。
ここには珍しくあったよ。」
「この居酒屋、編集長が頼むと何でも出てきますね。まるで『深夜食堂』みたいです。」
「毎週来ているお得意だからね。」
と、拝編集長は満足気だ。
私よりも先に来て、店員さんにあれこれ無理な注文をしている姿が目に浮かぶ。
武井「今日の映画は『弾痕』です。
今日のメニューは、もしかしてダジャレですか?」
拝「そう。『弾痕』と?大根?。一文字違うだけでしょ」
…こんな理屈に、いまさら驚きません。詮索しません。
近頃めっきり寒くなってきたし、ブリ大根がホクホクして美味しいから、ま、いいか…
『弾痕』は、前回取り上げた『狙撃』に続く、
加山雄三主演のニューアクションとも言うべき連作第二弾。
前作から十カ月後の1969年9月に公開されている。
米国情報部の優秀な日系人工作員滝村(加山雄三)は、
中共使節団にまぎれて米国への亡命を試みようとした楊(岸田森)の手助けをする。
だが、行動を不審に思ったアメリカ側は楊を拉致。
壮絶な拷問で、目的が死の商人ローズから武器を買い付けるためだと白状させる。
滝村は、ローズと中共側の取引を妨害するよう指令された。
だが、楊の自白もローズ来日も、すべては囮だった…。
このようなあらすじを見ても判る通り、脚本は同じく永原秀一だが、
前作『狙撃』と比べてかなり複雑な物語展開。
加山雄三のキャラクターよりも、国際的な事件の全貌を描く事に比重が傾いている。
無国籍的な展開を見せた『狙撃』と正反対に、社会状況を逐一取り込んだ作風が特徴だ。
当時吹き荒れていた学生運動の様子や、
新宿西口広場のフォーク集会などの風俗的なものも、背景として映像に取り込まれている。
この頃中国では文化大革命の真っただ中で、国交がまったく途絶えていた時期。
武器の買い付けや、アメリカへの亡命などという設定もかなりのリアリティがあった。
また、北朝鮮から密入国しようとした漁船を加山雄三が襲撃する
という、現在では描写が難しそうなシーンもある。
作品全体にフィルム・ノワールのような雰囲気が漂っているのも前作と違う。
ヒロインが、街を見下ろす高台にあるマンションに一人住みながら、
シュールな顔の彫刻を作り続けている女性芸術家、という不条理な存在感がただよう設定は、
いかにも、ヨーロッパ映画に出てきそうだ。
演じている文学座の太地喜和子も、東宝ヒロインにはない、
アンニュイさを醸し出して好演している。
そして、驚くべき事に、加山雄三の演じる滝沢は、
ラストで裏切りのために撃たれ蜂の巣になって惨殺される。
加山雄三の映画は数あるが、ここまで悲惨な死にざまを見せる作品は珍しい。
拝「ラストの加山雄三、撃たれて二、三メートルくらい吹っ飛んでいたね。
あの描写は当時珍しいんじゃないかな」
武井「当時は、撃たれた所を手でおさえるくらいでしたから。
今ではワイヤーワークで良くやる描写ですが、これはかなり斬新です。
話題にはならなかったのですが。」
「それに、この作品も銃器の扱いがマニアックだね。
オープニングの銃のアップ、『ダーティハリー2』みたいで格好良いし」
(C) TOHO CO.,LTD.1969
「『弾痕』は1969年。『ダーティハリー2』の4年前です。こちらの方が元祖」
と、そこに店員が追加メニューを持ってきた。
レンコンチップスとポップコーン…みんな?コン”がついていますが…これもダジャレ?
それに、一緒に来たイモみたいなものは何だろう。
拝「それ、”ヤーコン”の柚子漬け。アンデスの芋。血糖値が下がるに違いないって、誰かが言ってた」
武井「ヤー?コン”ですね…」
「美味しいよ。じゃあ、これ食べながらでいいから、いつもの?岸田森的視点”ド?ンとお願いね」
岸田森は、中共貿易促進使節団に混じって、アメリカへ亡命しようという楊を演じている。
(C) TOHO CO.,LTD.1969
演劇の舞台で外国人を演じる事はあったが、
映像でストレートに中国人を演じるのは岸田森にとっては初めてだろう。
当時は、中国人などを日本の俳優が演じている事が多かったが、
意外な事に、岸田森はその風貌の割にはほとんど演じた事が無い。
多分、中国語を話す岸田森は、この映画だけだ。
役回りはかなり複雑で、
亡命を希望してアメリカへ密入国しようと画策
→無事アメリカへと旅立つが、疑惑をいだかれて拉致される。
→アメリカ側から拷問にかけられ、実は、銃器を買い付けるためのスパイと自白。
→この自白自体が中共側の仕組んだもので、実は囮。
という流れ。
役柄が二転三転しているが、そこは岸田森、見事に演じ分けている。
見どころは、何といってもアメリカ側に拷問されるシーンだろう。
「国立脳波研究所」という、何とも得体のしれない研究施設の実験室のような所に閉じ込められ、
延々と超音波(?)のようなものを浴びせかけられる。
壁が銀のドームで、音波と強烈なライトを浴びせられながら、
もがき苦しむ岸田森の熱演は一見の価値あり。
滝のような汗やよだれ、鼻血を出しながら絶叫してのたうちまわる。
アップで「止めてくれ!」と叫ぶシーンの迫力はすさまじい。
加えて、尋問をする岡田英次の淡々とした口調が、追い打ちをかけてシーンの凄みを増しているのだ。
前半40分くらいで出番は終わるのだが、もうこれでお腹がいっぱい、
というくらいに岸田森の大熱演を堪能できる作品だ。
拝「本当に壮絶だったね、あの拷問シーン」
武井「映像では、ただライトを明るくしているだけなのに、
凄惨に見えるのは、岸田森さんの熱演があってこそでしょう」
「監督は森谷司郎なんだ。
前作の『狙撃』は堀川弘通…2人とも黒澤明のもとで助監督やってた人だね」
「連作第三弾『豹(ジャガー)は走った』の西村潔監督もそうです」
「そういえば『狙撃』のラストシーン、
加山雄三は左手で銃を撃つけど、あれは黒澤明監督の『椿三十郎』から?」
「それは判りません。でも、黒澤監督の影響があっても不思議ではないと思います」
そこに店員さんが追加メニューを持ってきた。いつの間に注文したのか、ともかく素早い。
バターコーン、スモークベーコン…やはり?コン”がつくメニューか…
「そうそう、次回は何か考えている?今回とつながりがある作品がいいな」
「連作二本とも脚本は永原秀一さんです。
この脚本家の作品で岸田森さんというと『蘇える金狼』があります。
この映画でどうでしょうか?」
「いいね。それド?ンと書いておいてね」
と、言いながら拝編集長、ニコニコしながら何かを私に差し出した。
「飲みすぎだと翌日辛いでしょう。はい、「ウコンの力」。
原稿も早く書いてもらいたいし。じゃあ、次回もこの居酒屋で」
また?コン”だ…
気にしない気にしない…
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『弾痕』(1969)
監督:森谷司郎 脚本:永原秀一 音楽:武満徹 製作:貝山知弘
出演:加山雄三/太地喜和子/立花マリ/原知佐子/納谷悟朗/岸田森/岡田英次/佐藤慶
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