拝編集長「幕末の京都を舞台にした作品といえば、
やっぱりテレビ『新撰組血風録』(65)でしょ。
栗塚旭、島田順司、左右田一平のコンビ、最高だね」
武井「脚本も素晴らしいですし、
何より当時無名の俳優たちをキャスティングしたのが大成功だった作品です」
拝 「新撰組も、それまで名前すら知られていなかった浪士で構成されていたから、
このキャスティングは凄いリアリティがあったよね」
と、いつものグダグダ話とは違い、
今日は『八重の桜』にちなんで幕末映像論議に花を咲かせていた。
テーブルの上にはオニギリがいくつか。
高菜漬けの葉でつつまれたもので、特別に頼んで編集長が持ちこんだものだった。
なんでも「めはり寿司」というものだそうで、奈良県や和歌山県の郷土料理だ。
拝「このめはり寿司、東京駅で売ってたんだけど、十津川の郷土料理らしいよ」
武「十津川といえば、十津川郷士ですね。
純粋な勤皇の志士、という描かれ方で『新撰組血風録』などに登場しています」
拝「坂本竜馬の暗殺犯は?十津川郷の者だが?と名乗って油断させたらしいよ。これ豆知識。
じゃあ、そろそろ本題に入ってね」
今日のメニュー、特に説明はないが、幕末をイメージしたものらしい。
こちらも、いつもと違ってちょっと高尚だ。
美味しそうだが食べるのは後にして先に進もう。
今回紹介する『吶喊(とっかん)』は、
奥州列藩と官軍との戦いのさなか、青春を文字通り爆発させた百姓の仙太を中心に描く、
1975年公開の岡本喜八監督作品。
百年ほど前、奥州安達が原に、 貧乏で嫁がもらえない百姓、仙太(伊藤敏孝)がいた。なんとしても嫁をもらいたかった仙太は、
ちょうどその頃起こっていた官軍と幕府軍の戦いに自ら飛び込んで行った。奥州鎮撫総督、世良暗殺の夜、筆おろしをしてもらった奴を、仙太は身請けする。
身請け金は、官軍密偵見習いの万次郎(岡田裕介)から巻き上げたものだった。その頃、敗走していた奥州列藩の状況に怒りを抱いた仙台藩士十太夫(高橋悦史)は、
博徒や百姓を集めカラス組というゲリラ部隊を組織、仙太もそこに参加する。弱い奥州列藩の中、カラス組はその戦いぶりから官軍に最も恐れられた。
だが、増援もなく孤立無援の戦いは続いた…
この作品は、ATGと喜八プロダクションの共同出資による一千万円映画。
岡本喜八監督は『肉弾』(68)をすでにこの形式で撮っており、
『吶喊』は岡本喜八監督一千万円映画の二作目。
岡本喜八監督を含め、多くの監督が、大手の映画会社では撮れない企画をこの形式で製作している。
持っているのはパワフルな生命力と精力だけ。
ただ、それだけを頼りに、敵と女に突っ込んでゆく単純な清々しさ。
大きな時代のうねりの中ではあるが、
大義など考えたこともなく、
ただ、性と欲だけに突っ走る主人公の生きざまが楽しい作品だ。
そんな仙太を利用しようとして、結局巻き込まれてしまう万次郎(岡田裕介)も、
ひょうひょうとして良い味を出している。
岡田裕介は、この映画ではプロデューサーも兼ねている。
後にプロデューサーから東映の社長になる岡田裕介の、プロデューサーデビュー作でもある。
予算が無い作品にもかかわらず、
冒頭登場する土方歳三役の仲代達矢を始め、
語りの老婆に坂本九、
喜八監督作品常連の
今福将雄、
小川安三、
天本英世、
田中邦衛、
山本廉、
岸田森、
高橋悦史と、出演者はかなり豪華。
撮影は、三船プロの時代劇セットを使用。
昼間は『大江戸捜査網』などを撮影しているセットを、
使用していない夜間、ゲリラ的に使い撮影した。
三船プロの社長、三船敏郎は、岡本喜八監督とは若い頃から付き合いがあり、
今回の無理な依頼にも、快くセットを貸してくれたという。
『日本のいちばん長い日』(67)を監督して以来、
岡本喜八監督は、
第二次世界大戦のような戦争に、なぜ日本が突入して行ったのか
を深く考えるようになっていった。
岡本喜八監督自身、青春時代を戦争のために歪んだものにされた、
その原因を知りたかったのだ。
そして、それは明治維新にまで遡り、幕末の赤報隊を描いた『赤毛』(69)を監督。
『吶喊』もその流れを汲んだ作品といえる。
かなり大掛かりな背景を持つ作品ではあるが、
内容的に大手映画会社からは敬遠される企画なので、
岡本喜八監督は、予算がないが自由に撮影できるATG作品として作りあげた。
小道具や背景を作り上げるのに製作費がかかる時代劇、
しかも戦争描写のある作品を、一千万円映画という低予算で作りあげた手腕は素晴らしい。
拝「?吶喊?とは、良く名づけたよね」
武「突貫する時にあげる声、ですよね。まさに主人公仙太そのもの」
拝「岡田裕介さんは、仙太とまるっきり逆に、
要領よく戦いの中敵味方を行ったり来たりしているのがおかしいね」
武「この凸凹コンビ、実に良い味だしています」
拝「そこに絡んでくる伊佐山弘子さんのお糸。
金への執着ぶりなんか、まるで『ルパン三世』の峰不二子みたいな感じだね」
武「戦いの中、みんながそれぞれ生命力旺盛に生き抜く姿が、映画の要です」
拝「コメディ、とは言えないかもしれないけれども、
飄々とした可笑しさが全編にただよっていて、岡本喜八監督らしい作品だよ」
武「近年、やっとDVD化されて、手軽に見られるようになりました」
拝「ところで、岸田森さんはどんな役で出てるの?」
●岸田森的視点
岸田森の役は、仙台藩参謀、仙田勇之進。
いつも、瀬尾(大木正司)という部下と一緒に登場する。
短気な瀬尾がいきり立つとそれを諌める、一見、常識人に見える。
だが、中身はエリート意識に凝り固まっており、十大夫(高橋悦史)らを完全に見下している。
農民を集めて作った「からす組」に、
「からす組ではどうもな…」
と言って、「衝撃隊」という、堅苦しい名前を与え、
「カラスの群れには、規律も統一も無いところから、世に烏合の衆という。
蕃士隊の足手まといになるなよ」
と、かなり上から目線で言い捨てる。
だが、仙田の言う蕃士隊は
「ドンと大砲が鳴ったら五里は逃げる」
と、十大夫に言われるほど弱体。
戦いで活躍したのはカラス組のみだった。
結局降伏、仙田は官軍への謝罪士となる。
その時にも、カラス組を率いている十大夫に
「これで、貴公お気に入りの百姓たちも、(戦が終わり)安心して稲刈りが出来るな」
と、嫌味を言うのを忘れない。
登場シーンは少ないが、官軍に無様に降伏した仙台藩を象徴する、
戦いにおける無責任さを描き出す役柄だった。
全体的に穏やかな喋り方をする役作り。
特に語尾の優しさに、話す内容とのギャップが際立っている。
感情に任せてセリフを言うと、ありきたりにしか聞こえない所を、
穏やかに演じる事によって、エリート官僚的な嫌らしさを見事に表現していた。
感情に出して話すよりも、
エリート意識たっぷりな嫌味が、強烈に伝わってくる喋り方が見事に決まっていた。
拝「岡本喜八監督は『日本のいちばん長い日』から始まって、
ついに太平洋戦争の発端まで突きつめたって事だね」
武「そういう目で、岡本喜八監督作品、是非年代順で見てほしいです」
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拝「それに、高橋悦史さんの十大夫が粋だったね」
武「実在の人物です。ここらへんの事は、
ちくま文庫「マジメとフマジメの間」に詳しく書かれていますので、是非お読み下さい」
拝「お、宣伝上手いね」
マジメとフマジメの間 (ちくま文庫) | ||||
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拝「で、次回は何かある?」
武「もう幕末の映画は無いので、
松田優作さんの時代劇「ひとごろし」なんていかがでしょうか」
拝「いいね。それでお願い」
と、そこに店員さんが日本酒を持ってきた。
そういえば、今日はまだアルコールが出ていなかった。
拝「はい、熱燗」
武「ちかごろ、涼しくなりましたから、美味しいです…ん?」
今、気付いたのだが、今日のメニューは
「とつかわ の郷土料理」と「あつかん」。
これ、二つあわすと「とつかん」という駄洒落にならないかな…?
まあ、これは考え過ぎだろう。
特に説明もないので、今日は気分良く、幕末繋がりという事で、高尚に飲もうか。
拝「あれ、メニューの意味気付いた?とつかわとあつかんで…」
あ、説明しちゃった。高尚さが崩れてゆく…
まあ、美味しいからいいか。
じゃあ、次回も、この居酒屋で。
(続く)
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