武井 「今日はホタテ貝ですか。美味しそうですね」
拝編集長「これは“卵味噌のカヤキ”って言うんだ。
この食べ方珍しいでしょ」
テーブルの上には、小さな七輪に乗った大ぶりなホタテが一つ。
見た目は磯焼きみたいだが、殻の中には何やら詰まっている。
武井「“カヤキ”ですか?」
拝 「大きなホタテの殻の中に、味噌と卵とだし汁とネギを載せて中火で焼くのだ」
編集長の説明だと、これに、ふきのとうを入れると絶品だという。
武井「でも、今日の映画『斜陽のおもかげ』には、出てきませんでしたが…」
拝 「これは、太宰治の小説「津軽」に出て来たもので、本人も好物だったらしいよ」
武井「太宰繋がりか…拝さん、凄いです。実は読書家だったんですね」
拝 「いやあ、それほどでも…」
編集長の知られざる一面である。
駄洒落じゃなくて、こういうメニューが毎回出てきたらこのコラムも高尚さが出て来るのだが…
『斜陽のおもかげ』は、
1967年9月23日に日活から公開された作品である。
木田かず子(新珠三千代)は、小説『斜陽』に登場する太宰治の愛人だった。
かず子の娘町子(吉永小百合)は、そのような出自ながらも、明るい女子高生に育った。
ある日、町子は高校OBの圭次(岸田森)と出会う。
圭次は、大学で太宰治の研究をしていた。
太宰の事を知りたいという圭次と会ううちに、町子は惹かれるものを感じた。
その後、町子は太宰の生地である津軽を、始めて訪れた。
そこで受けた温かいもてなしで、今まで抱えていた出自の悩みも消し飛んだ。
そんな時、圭次が山で遭難したという電報が届く…
太宰治の小説『斜陽』のモデルとなった、太田静子の娘、
太田治子の『手記(十七歳のノート)』を原作にした作品。
太宰治の作品を心の支えに、
親子二人力強く生活してゆく姿を描く。
原作は実話であるが、映画はフィクション形式で進行。
吉永小百合と新珠三千代という、明るいイメージの女優が演じる事で、
陰々となりがちな物語が明るく展開してゆく。
映画後半、太宰治の生まれ故郷、津軽を訪ねるシーンは、
一転してノンフィクション形式になる。
ここでは、三津田健の演じる太宰治の兄や、
訪ねて来る老婆・北林谷栄が、素朴な味わいを出す名演技を見せ、
それに加えてあきらかに素人らしき人も登場、リアル感を出している。
現在は太宰治記念館となっている
観光名所「斜陽館」の旅館時代の姿が見られるのも貴重だ。
吉永小百合の相手役が、おなじみ浜田光夫などの日活スターではなく、
岸田森という意外な組み合わせである。
これは、映画公開の一年前、1966年に放映された
テレビシリーズ『氷点』からスライドしたキャスティング。
『氷点』は、最終回の視聴率が40%を越えるほどの人気番組で、
番組メインキャストの芦田伸介と新珠三千代、
そして岸田森が『斜陽のおもかげ』にスライドしている。
『氷点』は複雑な血縁関係を描いており、
『斜陽のおもかげ』にそれらの雰囲気と人気を利用していると言える。
実話の映画化なので、映画スターにはない、
岸田森のリアルな新劇調の演技を活かそうとしたのかもしれない。
ほかにも、小池朝雄が演じる週刊誌記者の胡散臭さが出色。
太宰の本妻の娘と、愛人の娘を対談させようという、
好奇心むき出しの企画を、蛇のようなしつこさでゴリ押ししてくる。
優しい登場人物が多い映画内で、群を抜いて俗っぽい役だ。
ちなみに、作家の壇一雄が本人役で登場しているのも見逃せない。
監督は斉藤光正、この作品が監督デビュー作となる。
拝 「小百合ちゃん、はしゃいでいるみたいに明るいね」
武井「本当に清純です。しかも母親が新珠三千代さん。最強コンビです」
拝 「でも、小百合ちゃん、女子高生やっていたけれども、この時二十歳越えてたんじゃない?」
武井「そうなんですが…でも、違和感はまったくないですよ」
拝 「確かに。あっけらかんとしていて、女子高生で通るね」
武井「それで、暗い題材の割に、アイドル映画っぽい雰囲気があるんだと思います。
拝 「前回取り上げた『エデンの海』の西河克己監督も、元は日活の監督だったから、
こういうのが社風だったんじゃないかな?」
武井「なるほど」
拝 「それにしても、小池朝雄さんの対談企画、もの凄いね。本当にあったのかな…」
武井「太宰治の本妻の娘さん、物凄い威圧的な態度でした」
拝 「まるで本妻側が悪役だね、あの描き方」
武井「でも、それはまずいのでは…」
拝 「これは愛人側から描いているから、仕方ないといえば仕方ないけれども…」
武井「この映画の立場の微妙さを、象徴しているシーンだと思います」
拝 「じゃあ、そろそろ“岸田森的視点”を。
今回は小百合ちゃんの相手役、ど?んとお願いね」
岸田森の役は、谷山圭次。
町子(吉永小百合)の通う高校OBとして、山岳部を指導している。
大学では太宰治を研究している文学青年で、
父(芦田伸介)には、末は政治家と将来を嘱望されている。
町子が太宰の愛人の娘と知って「太宰の事を聞かせて欲しい」と声をかける。
本来、これは“ナンパ”なのだが、
岸田森の文学青年らしい実直さのにじみ出た演技で、
そのような下世話な事は感じさせないのがさすがだ。
その後、太宰治が身投げした玉川上水で町子とデート。
誠実に接してくる圭次に、町子はいつしか惹かれてゆく。
ラストで、登山中事故にあい瀕死の重傷を負うが、
そこに駈けつけた町子と手を取り合い、将来を暗示した形でハッピーエンドとなる。
岸田森は、この当時文学座を辞めてフリーになった頃。
演技はそれまで文学座で学んできた正統派新劇調の演技で通している。
岸田森の、生真面目で純粋な演技が、すがすがしい印象だ。
知的でインテリな雰囲気は、この当時の岸田森の役柄のイメージである。
その後70年代くらいからは、狡猾な役柄へとシフトしてゆくが、
この当時は『氷点』や、昼の帯ドラマなどで、
インテリ風の若者という役柄をいくつもこなしている。
この映画へのキャスティングも含めて、
いかにこの当時の岸田森にとって『氷点』の影響が大きかったかがわかる。
ヒロインの相手役だけあって出番も多く、
吉永小百合と岸田森、普通に共演している姿が、
後の演技開眼ぶりを知っているだけに凄く新鮮に見える。
その後の岸田森のはじけた演技は、
これだけ基礎がきっちり出来ていたからこそのもの。
その事が良く分かる作品ではあるが、
DVDも発売されておらず、中々上映機会のないのが惜しい作品だ。
拝 「ラストで、小百合さんが遭難した岸田森さんを探しているのに、誰も居場所を教えないね」
武井「あれ、なんでしょうか…」
拝 「判らないな…でも、神秘的な感じ、狙ったんじゃないかな」
武井「ともかく、いままで取り上げた映画とは、全然違う岸田森さんを楽しめたと思います」
拝 「本当に、ストレートな演技だったね」
そう言うと、拝編集長はホタテ貝を焼き始めた。
今度は、生きたままのヤツを、そのままコンロに載せて磯焼きにするらしい。
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拝 「で、次回は何?」
武井「アイドル映画はもう大体紹介しましたから…」
拝 「『徳川一族の崩壊』やってよ!」
映画チラシ 「徳川一族の崩壊」監督 山下耕作 出演 萬屋錦之介、大谷直子、森田健作
武井「いきなりですね。いいですけれど…
拝 「今の大河ドラマ『八重の桜』幕末が舞台じゃない。だから…ね」
武井「あ、そうか。その時代の話という事ですね。わかりました」
その時“ジャ?”っていう音とともに、焦げた香りが漂ってきた。
拝 「あ、もったいない…」
口を開けたホタテの汁が、コンロにこぼれてしまっていた。
ホタテ貝を、上下反対に置いたのに気付かず焼いて、
口が開きそこなった貝からツユが全部こぼれ落ちてしまったのだ。
“カヤキ”でちょっと尊敬したのが、このミスで帳消しになっちゃったな…
拝 「残念だった、ツユ美味しいのに…
今度にしよう。じゃあ、次回もこの居酒屋でね。」
武井「はい」
(次回に続く)
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