随分ご無沙汰しておりました。印度です。
もう年の瀬になりましたね。
皆さん、慌ただしい時期になりましたが、映画見てますか?
この数年、アメリカでは何故かリンカーン大統領が注目されています。
ロバート・レッドフォードがリンカーン暗殺にまつわる裁判を映画化した
歴史ドラマ『声をかくす人』(2010)も先頃公開され、
来年にはスティーブン・スピルバーグによる超大作『リンカーン』も控えています。
約200年前の建国以来、40人を超えるアメリカ大統領の中でも、
最も知名度があり、最も尊敬されている大統領と呼んでも間違いではないでしょう。
さて、そんな中で一際異彩を放つ映画が現在公開中の「リンカーン/秘密の書」。
日本の図書館にも伝記が必ずあるであろう、
歴史上の偉人であるアメリカ合衆国第16代大統領
エイブラハム・リンカーンが、実はヴァンパイアハンターだった!
という、日本人的には「何じゃ、そりゃ?」な設定の映画でしたが…
この映画の原作は、「ヴァンパイアハンター・リンカーン」という小説です。
作者のセス・グレアム=スミスは、
文豪ジェーン・オースティンの古典「高慢と偏見」をベースにした
「高慢と偏見とゾンビ」という小説で一躍注目され、ベストセラー作家となります。
既存の小説に、別の要素を持ち込んで改変してしまう種類の小説は、
昔なら「パスティーシュ」というジャンルになりましたが、近頃は「マッシュアップ」と呼びます。
だから、「ヴァンパイアハンター・リンカーン」の場合は
”リンカーンの伝記”のマッシュアップ”でしょう。
処女作「高慢と偏見とゾンビ」では、18世紀のイギリスがゾンビだらけの世界になっていたように、
「ヴァンパイアハンター・リンカーン」は
アメリカの歴史に裏側には常に吸血鬼の存在があった
という世界観に基づいています。
さしずめ、日本でいうと坂本竜馬や西郷隆盛は実は妖怪退治人だった、というようなもの。
リンカーンの生涯やアメリカの歴史の著名な出来事には、必ず吸血鬼が絡んでいる
という筋立てです。
奴隷制も吸血鬼が安定的に人間の血を吸うための供給システムだし、
ヴァンパイアハンターであるリンカーンはその食糧を絶って、
吸血鬼を根絶やしにするためにも「奴隷解放」を訴える必要性があった、ということに。
その他にも、リンカーンが吸血鬼退治の道具としてこだわる”斧”にしても、
「丸太小屋で生まれた庶民出の大統領」という出自を持つことから、
「リンカーン=斧」という根強いイメージからのインスピレーションなのでしょう。
(でも、斧に仕込まれたショットガンは映画のオリジナルです)
この辺も、日本人にはイマイチピンときませんが、作品の世界観と史実がちゃんとリンクしています。
原作の小説には、この手の細かい仕掛けがどっさりあったのですが、
やはり一本の映画の尺では、物理的にどうにも描ききれません。
映画の脚本も担当した原作者のグレアム=スミスも、
そういうジャンルによる表現方法の違いを理解していたらしく、
細かい歴史的ウンチク語りはザックリ削って、
リンカーンと吸血鬼達の戦いをクローズアップしています。
特に母の仇であるヴァンパイアのジャックとリンカーンとの因縁めいた戦いがボリュームアップされ、
馬の群れがスタンピードしていく中で戦うシーンは3D映像とも相まって、なかなか迫力がありました。
ジャックが馬の背中をジャンプして飛び回り、疾走する馬を掴んで投げ飛ばすアクションなんか、
もろ『マトリックス』(1999)。
そして原作には無い、南北戦争の真っ最中に
銀(吸血鬼の弱点)でコーティングした弾丸や銃剣を前線へと運ぶ汽車を巡る戦いも燃えます!
炎と共に落ちて行く機関車のスペクタクルは、是非大画面で見るべき映像でしょう。
(本作のVFXは「ロード・オブ・ザ・リング」のWETAが中心的に担当しています)
まぁ、合衆国大統領が吸血鬼と戦っちゃうのは作劇上必要なのかもしれませんが、
ちょっとやり過ぎかも(史実では当時のリンカーンは50代初め。無理・・・でもないかなぁ?)
他にも歴史好きの視点で見ると、原作には出てこない、
黒人奴隷解放運動の女性闘士ハリエット・タブマンが、
リンカーンに協力するレジスタンスの戦士みたいな感じで出てくるのも興味深いところです。
それから、ミリオタ的に注目なのはこの映画、南北戦争が大きな見せ場であること。
北軍兵士に南軍の軍服を着た吸血鬼兵士達がジャンプして襲いかかる
「第一次ブルランの戦い」は実にセンス・オブ・ワンダーなシーンでした。
史実の通りに北軍が大敗しますが、
勝因は人間以上の力を持った吸血鬼の加勢があった
なんてストーリーを大真面目に映像化してしまっただけでも、この映画には価値があるでしょう。
と言うのも、この映画、そういう視点で見るとなかなか数少ない
「仮想戦記(歴史上の戦争の経緯を改変したSF小説の一種)」の映像化作品でもあるのです。
このジャンル、映像化されているものは大変少なく、私の知る限りでは
ドイツ軍に占領されたイギリスを描いた『イギリスは占領された?』(1964)。
ナチス・ドイツが第二次世界大戦に勝利してヨーロッパを支配している世界を舞台にした
TVムービー『ファーザーランド~生きていたヒトラー~』(1994)。
▼「ファーザーランド?生きていたヒトラー?」 傑作仮想戦記映画!
南北戦争で南軍が勝利して現在も奴隷制が残るアメリカの歴史に関する
フェイク・ドキュメンタリー『CSA?南北戦争で南軍が勝っていたら??』(2004)ぐらいしかありません。
(やっぱりナチスが大戦に勝った『フィラデルフィア・エクスペリメント2』(1993)もありますが、あれはちょっと…)
▼「CSA?もし南北戦争で南軍が勝っていたら??」TV奴隷ショッピングがスゴ過ぎ!
日本では、自衛隊が戦国時代にタイムスリップして武田信玄と戦う『戦国自衛隊』(1979)、
日本海軍の潜水艦が実在しないローレライ・システムという音響探知システムを搭載していた『ローレライ』(2005)、
OVA(オリジナルビデオ・アニメ)になりますが
パラレルワールドに転生した山本五十六が主導する日本がドイツと戦う『紺碧の艦隊』(1993‐2003)等があります。
過去には、あのデヴィッド・クローネンバーグが
フィリップ・K・ディック(『ブレードランナー』(1982)の作者!)の小説「高い城の男」を映画化する、
なんて話もあって、随分期待しましたが実現しませんでした。
数年前には、『ブレードランナー』の監督でもあるリドリー・スコットが
イギリスの国営放送局BBCでミニシリーズをプロデュースする、というニュースもあり、
どうなるものか判然とはしませんが、又しょうこりも無く期待しています。
第二次大戦で日独が勝利し、アメリカを分割統治している世界を舞台にした小説なのですが、
完成した暁にはぜひ紹介したいものですね。
ところで、グレアム=スミスの処女作「高慢と偏見とゾンビ」も、
この『リンカーン/秘密の書』と相次いで映画化の企画が持ち上がっていたのですが、
当初主役を務めるはずだったナタリー・ポートマンが降板し、
エマ・ストーンという名前も上がりましたが、現在はキャスト未定。
監督も又二転三転とのことで難航しているようです。
マッシュアップというジャンルは詰め込まれた情報が膨大になりがちなので、
映像化には困難も付きまといますが、何とか「高慢と偏見とゾンビ」の映画化も実現して欲しいものです。
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