拝編集長「この酒、美味しいでしょう。取り寄せてもらったんだ。
テーブルの上には、高級そうな雰囲気のある陶器の甕(かめ)と、小さな柄杓(ひしゃく)が置かれていた。
武井「萬寿鏡甕覗(ますかがみ・かめのぞき)って書いてあります。
新潟のお酒みたいですね」
拝「良い名前でしょ。甕(かめ)を?覗く?んだよ、?の・ぞ・く?」
武「?覗く?をヤケに強調しますね…」
拝「だって、今日紹介する映画『愛の嵐の中で』の岸田森さんの役、まるで…」
武「あ、そうか。だから?覗く?ですか。」
拝「本当は、缶づめの老舗?ストー缶づめ?も考えたんだ」
武「なるほど…
私にはメニューの意味、良くわかったけれども、他の人はまったくこれじゃあ判らないですね。
後で私が説明します。
拝「そうしてね。よろしく!」
拝編集長は、柄杓で楽しそうに日本酒を汲み続けている。
先に進まないとメニューの意味も良くわからないと思うので、サクサクと本題にはいろう。
『愛の嵐の中で』は、1978年のゴールデンウィークに東宝から配給された作品である。
パリでモダンバレエのレッスンをしている夏子(桜田淳子)の元に、東京にいる姉、雪子(夏純子)急死の連絡が届けられた。
雪子はスタイリストをしており、カメラマン佐伯(篠田三郎)らと雑誌の撮影中、一人崖から転落したという。
検死の結果、雪子は妊娠三カ月だったが、男性と交際していたような様子もなく、遺書もあった事から自殺と断定された。
信じられない夏子は、訪ねて行った姉の住んでいたマンションで、黄色いポルシェを運転する男に襲われる。
この事から姉・雪子が自殺ではないと確信を持った夏子は、一人真犯人を追い求める…
この当時は、山口百恵、三浦友和の一連のシリーズが東宝映画のドル箱シリーズとして公開されていた。
そのために、花の高三トリオとして、山口百恵と共に人気を博していた桜田淳子の主演映画を、
東宝映画が製作したのも当然の成り行きだった。
だがこの作品は、アイドル映画と呼べるほど単純なものではなく、
主人公の桜田淳子が、全編に渡って苦悩し続ける、シリアスな雰囲気の作品となっている。
ちょうどこの頃、桜田淳子はアイドルから脱皮を図ろうとしていた時期で、
中島みゆきが作詞作曲した「追いかけてヨコハマ」「20才になれば」や、
「リップスティック」など、それまでとは打って変わった大人の雰囲気の曲を歌っていた頃である。
映画でも、そのキャラクターに合わせて、何も知らない少女が、大人の女になってゆく姿を描いていた。
姉を殺した犯人を探し続けて行くにつれて、自分が知らなかった姉の姿が見えてくるという、
ミステリタッチの展開の中、主人公の夏子も成長してゆくのだ。
桜田淳子が、それまでに主演した四本の作品は全て原作ものだったが、この作品は映画オリジナル。
アイドル脱皮を図る、実際の桜田淳子に合わせて書かれているような雰囲気のストーリーだ。
監督は小谷承靖。
アイドル映画を数多く撮っているが、それらにはかならずテーマが貫かれており、ただの顔見せ的な映画には終わっていない。
今回の作品でも、桜田淳子はアイドルらしさを残しながらも、哀愁に満ちた表情を存分に見せており、
それまでの主演作品とは違い、格段にキャラクターが生きている。
武「篠田三郎さんと淳子ちゃんのコンビ、?ザ・青春?という感じでさわやかでした」
拝「淳子ちゃん、可愛かったね。水着シーンとか、バレエレッスンとか盛りだくさん。
武「…まあ、拝さんはそこでしょうね。
それと、暴走族に襲われるところもそうでしょう。
拝「そりゃ偏見だよな…
何かそういうシーンばかり選んで見ているようじゃない」
武「違いました?」
拝「いや、そういわれると否定は…ゴホ、ゴホ。
そういえば、大林宣彦監督がゲスト出演していたね。
そうするとこれも、大林宣彦/岸田森コンビ作品の一本じゃない?」
武「全然シーンが違うし、それはないでしょう。
拝「そうか…じゃあ、話が出て来たついでに?岸田森的視点?ド?ンとよろしく!」
岸田森は、夏子(桜田淳子)の姉(夏純子)を殺した容疑者の一人、岡野を演じた。
犯人と同じ黄色いポルシェに乗っているカリスマ美容師で、オカマ風な言葉遣いをする。
この時の役作りが実に岸田森らしく、不気味なものだった。
初めて桜田淳子の前に現れた時は、まるでダースベーターか?と思うくらい特徴的な息遣いで暗闇から現れる。
その息遣いだけでもかなり怖いのだが、
その後、不気味な息遣いをエスカレートさせて、桜田淳子の髪を、カットしながら愛おしく撫でまわすのだ。
この時、桜田淳子の顔が恐怖に歪むが、これはどう見ても演技には見えないくらいリアルに怖がっている。
しかも、剃刀を持っているから余計怖い。
何とかに刃物、という言葉をそのまま絵にしてしまったような怖さがあるのだ。
そして、ついに岸田森は桜田淳子を剃刀片手で追いかけまわし
「誰のものでもないわ、(あなたは)私のものよ」と襲いかかる。
そこに飛び込んで来た篠田三郎に殴り飛ばされて、あえなくダウンする。
結局岡野は、生前雪子につきまとい続けていた男だった。
雪子が自殺したと聞いて家に忍び込み、
服でも下着でも良いから盗もうとしていた所に桜田淳子が来たので襲いかかったという、
今で言うストーカー行為をしていたのだ。
岸田森の演技の中でも、ストーカーの演技は他の俳優では決して真似の出来ない独特なものだと思っている。
当時ストーカーという言葉はなかったが、
それでも「気味悪く付きまとう男」をやらせたら、今でも岸田森の右に出る俳優はいないだろう。
中でもテレビの昼ドラ『放浪記』(74)や、『土曜ワイド劇場 歪んだ星座 受験勉強連続殺人』(79)のストーカー演技は強烈だった。
武井「で、ストーカーにかけて甕?覗?酒や、?ストー缶?づめ、なんですよね?」
拝編集長「御名答!メニューっていうのは、こうやって選ばなきゃ!」
武「そうなんですか…今度からがんばります…」
…ストーカーの話をしているから気になるのかもしれないが、
さっきから、しきりに店員さんたちが、こちらをチラチラ覗いている…
何だろう…
拝「しかし、森さんって、こういう人に嫌がられる演技、凄い上手いよね」
武「細かい工夫が凄いです。
この映画でも、
花束を受け取ってもらえなかったら、その花を玄関脇の鳥かごに一本一本刺してしまう
とか。
これを実際にやられたら、本当に気味悪いですよ」
拝「こういう岸田森さんの演技、もっとみたいね…ところで、次回は?」
武「もう一本、小谷承靖監督とのコンビで『ホワイト・ラブ WHITE LOVE』(79)を行こうと思います」
拝「今度は百恵ちゃんだね。じゃあよろしく。次回もこの居酒屋で!
そういうと、拝編集長は立ちあがり帰り仕度を始めた。
武「あ…拝さん、シャツ裏返しです」
拝「これはいかん!」
と、あわててお手洗いに着替えに行った。
店員さんがチラチラ見ていたのは、これが気になっていたのか…
ストーカーとかじゃなくてよかった(笑)
コメントする
※ コメントは認証されるまで公開されません。ご了承くださいませ。