拝編集長「今日は日本酒なのだ」
武井「『乱』ですか…あまり見ない酒ですね」
拝「岐阜の酒で、リーズナブルだよ。この居酒屋に取り寄せてもらったんだ」
ということで、今日取り上げる映画は『乱れからくり』。
メニューは、直球の駄洒落で攻めて来たようだ。
黒澤明の『乱』を書いても、多分この日本酒が出てくるのだろう。
拝「はい、お流れを一杯!」
ニコニコしながら、拝編集長はお猪口を差し出した。
でも、このお猪口、ちょっと変わっている。
武「可愛いお猪口ですね。真ん中に招き猫が立ってますよ。こういうの始めて見ました」
拝「注いでみてよ」
言われた通りにお酒を注いでゆくと、
お猪口の真ん中にある招き猫はどんどんと水没してゆく。
だが、もう少しでお猪口がいっぱいになる所で、
急にお猪口の底が抜けたように注いだ酒が流れ落ちてしまった。
武「うわ!このお猪口漏れていますよ!」
拝「これ?からくり酒器?って言うんだ。正式には十分盃」
武「なんですか?それ」
拝さんの説明だと、お猪口の真ん中に立つ招き猫がサイフォンになっていて、
酒がいっぱいになると底に開いている穴から、一滴残らず流れ出してしまう、
というからくりだ。
どのようなものでも腹八分目にして、余裕を持っておきなさいという教訓をこめて作られた、
新潟県長岡のものだそうだ。
拝さん大ウケしているけど、これは迷惑な…
「乱」と「からくり」、出そろった所で、とっとと本題に行こう。
『乱れからくり』は、泡坂妻夫原作の推理作家賞受賞作品を原作にしたミステリー映画、
1979年4月に公開された。
大学を中退した勝(松田優作)は、求人広告で見つけた興信所に入社、
さっそく所長の宇内(野際陽子)と共に、依頼主の馬割鉄馬(岸田森)を訪ねる。
鉄馬は、玩具メーカー鶴寿堂の社長、幹部を勤める甥の朋浩(沖雅也)の素行調査を依頼 して来た。
だが、調査中に、朋浩は交通事故死してしまう。
死の直前、朋浩が、妻の真棹(篠ひろ子)の首を絞めようとした事に疑問を持った勝は、 そのまま調査を続ける。
だが、馬割家の人間は、次々とからくりを利用した手段で殺害されていった。
勝は、馬割家の祖先が有名なからくり師の弟子で、莫大な遺産を残した事を突きとめた…
『血を吸う』シリーズなどで岸田森を起用している田中文雄プロデューサーが、
松田優作主演、児玉進監督のコンビで製作したミステリー映画。
児玉進はテレビの刑事ドラマ『太陽にほえろ!』のメイン監督の一人。
松田優作も同番組が出世作。
そのこともあって、全体の雰囲気が70年代刑事ドラマ風の仕上り。
劇中、国際放映にある『太陽にほえろ!』のセットも流用されているのでなおさらである。
映画というよりは、全体にテレビドラマの雰囲気を濃く漂わせている作品なのだ。
脚本は永原秀一が担当。
松田優作主演作品だと『蘇える金狼』の脚本を書いている。
このコラムでも取り上げた加山雄三主演の『狙撃』『弾痕』も担当した事から判る通り、
ストイックな主人公が活躍するハードボイルドタッチの作品が得意な脚本家だが、
この作品の松田優作にはストイックさがあまり見られない。
しいていえば図々しく首を突っ込んでゆき事件を解決する、というあたりに、
脚本家の好みが見られるくらいだ。
原作との最大の違いは、ラストに犯人が登場する事だろう。
この改変は、正直な話リアリティがあまりないのが残念だ。
原作では、事故死した犯人の死後、残した仕掛けで次々と連続殺人が起きて行くという
「死者による殺人」が効果絶大なミステリー。
それがラストに突然犯人を登場させてしまうというのは、
物語の楽しみをわざわざ無くしてしまったような変更だ。
だが、カラクリ仕立てを中心としたトリックは面白い。
からくり人形や万華鏡、巨大迷路など、原作の雰囲気を活かした仕掛けが映像にも多数登場していて、
一風変わった雰囲気が味わえる作品に仕上がっている。
加えて、この当時ブームになっていた横溝正史作品の、
ドロドロした旧家のイメージを馬割家に持ち込んでいる所も、
いかにも娯楽映画的で面白い。
キャストは、何と言っても個性の強い松田優作が一人目立つ映画である。
脇役に目を向けて見ると、
凛とした演技が決まっている興信所所長役の野際陽子、
馬割家の沖雅也、峰岸徹、篠ひろ子、岸田森、結城しのぶという濃い面々が集結し、
そこに、いつもと変わらない田中邦衛の刑事が登場、
70年代の映像を支えた役者たちが、
目立たないながらも見事なアンサンブルで脇を固めているのが見どころだ。
その後1982年、テレビ『火曜サスペンス劇場』枠で
『乱れからくり ねじ屋敷連続殺人事件』が円谷プロダクション製作で放映されている。
主役は元宝ジェンヌの古城都と、柴田恭平が主役。
映画とは逆に、女所長の方が、物語を引っ張って行く形になっている。
キャラクターはテレビ用に脚色されているが、トリックや全体の雰囲気に関しては、
映画よりも原作を忠実に追っている仕上がりだった。
武井「原作は、最初に犯人が死んでいる見事なトリックなんですよ」
拝編集長「火曜サスペンス版見たけど、確か落下してきた隕石に激突するんじゃなかった?」
武「はい。物凄い唐突ですけれども、原作通りです」
拝「映画版では、これを交通事故にして、しかも死んでいなかった事にしちゃったから
何かしっくりこないんだな…」
武「原作は、トリックも何も関係が無い死、という事を、
隕石の衝突という偶然中の偶然で表現したんです」
拝「だから、その後の連続殺人の犯人が、中々わからないんだ」
武「はい」
拝「映画版は、そういう風に変えちゃったから
沖雅也の事故死が二度も見られる映画になっちゃったね」
武「交通事故死とラストの転落死…これはある意味珍しい映画です」
拝「ところで、映画版もテレビ版も、ロケ地同じだね」
武「馬割家は、両方とも旧古川庭園を使っています。
公開されていますから、今度遊びに行ってみます。もちろん、巨大迷路はありませんが」
拝「そりゃそうだ。そういえば、火曜サスペンス版の馬割家は誰が演じたの?」
武「甥が菅貫太郎、息子が中尾淋、真棹が新藤恵美です。
ちなみに刑事が草野大悟さん」
拝「これも面白いキャスティングだね。
特に草野さんの刑事役、かなりハマってるよね。
じゃあ、そろそろ?岸田森的視点?ド?ンとお願いしたいんだけれども、
確か岸田森さん、映画とテレビ、両方出演していなかったっけ…」
岸田森は、玩具会社鶴寿堂の社長、馬割鉄馬を演じている。
幹部を務める甥(沖雅也)の素行調査を依頼。甥とは仲が良くなかったらしく、
鉄馬は息子(峰岸徹)のほうに肩入れしていた。
そして、甥の嫁である真棹(篠ひろ子)を狙ってセクハラまがいに迫るという、
実に不健全な役だった。
ただ、これは先にも書いたが、
当時ブームだった横溝正史の小説に描かれている旧家の雰囲気を無理に物語に持ち込んだために、
岸田森の演じる鉄馬に無理に付け足された性格だった。
重々しく、唸るような喋り方で、あまりセリフもないまま毒殺され、早々と退場してしまう。
実際の岸田森は、撮影時40歳になるかならないかの頃。
それがこれだけの老け役をやってしまうというのだから驚きだ。
旧家の家長らしい重苦しさを、見事に表現している。
そして、1982年に放映された火曜サスペンス版でも、岸田森は同じ役を演じている。
このバージョンでは、出番は少ないながら、
明るい色彩の着物を着ているので映画版のような重苦しさはまったく感じさせない。
どちらかといえば、気難しい老人というような役作りだ。
このテレビ版の見どころは、毒殺された岸田森のど根性演技。
目を見開いたまま、かなりの長時間画面に写りっぱなしなのだ。
あまりにも長いので、試しに計ってみたら、
47秒という信じられない時間、死体のまま目を見開いていた。
これには脱帽である。岸田森の死にざまの中でも一二を争うすさまじい演技だ。
武「この間、神保町シアターという映画館で、
火曜サスペンス版を上映してくれたのですが…」
拝「年末のブログで書いていたね」
武「47秒のシーン、さすがに岸田森さん小刻みに震えていました。
大きい画面で見たので気づいたのですが」
拝「そこまでやったとは…本当に根性で演じたんだね」
武「はい。見ていて一人で感心してしまいました」
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拝「で、次は、何か考えている?」
武「角川映画の『白昼の死角』なんてどうでしょうか?」
拝「面白い映画持ってきたね、それでよろしく。
じゃあ、次回もこの居酒屋で」
武「はい」
と、そこに店員が料理を持ってきた。
鶏のから揚げと、焼き肉だ。
ずいぶん肉肉しているな…
拝「これ、鶏は?香味ダレ?、焼き肉は?もみダレ?なのだ」
香?味だれ?と、も?みダレ?…「乱れ」か。ま、いいか。
気にしない、気にしない。ごちそうさまでした。
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