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驚異の自主特撮怪獣映画『失われた夜に』/イマ推し・シネランド

筆:浅尾典彦(夢人塔代表・作家・治療家)

◎イントロダクション

 未だに語り草となっている日本SF大会のオープニングアニメーション『ダイコンⅢ』の伝説に始まり、『シン・ゴジラ』の庵野秀明監督、劇場版『ウルトラマンサーガ』のおかひでき監督など多くの特撮映像系クリエイターたちを排出させてきた名門大阪芸術大学。

 ここの今年度卒業制作の作品が今ちまたで話題になっている。
 佐藤高成監督の特撮映画『失われた夜に』だ。

◎全国自主怪獣映画選手権で優勝

 『ウルトラマンZ』『ウルトラマンブレーザー』などを手掛け特撮界の若きリーダー的存在である田口清隆監督が主宰する「全国自主怪獣映画選手権」は、若手特撮クリエイターの登竜門として毎年開催されおり、特撮ファンにも認知度の高い映画祭である。

全国自主怪獣映画選手権

 佐藤監督はここに、生まれて初めて作った怪獣映画『海鳴りのとき』(2021年)を出品した。

 ある夏の日、友人だった相田汐里という少女が 死んで心を病んでしまった瀬尾昭人。彼は「怪獣が世界を破壊し滅びてゆく」という夢を見る。それは予知夢であり現実に怪獣が現れ、街を破壊しはじめる。そして昭人は……。
 仲間でお金を持ち寄って、総額50万円ほどの予算で仕上げた自主映画である。
 自作怪獣スーツを一つ作り、デジタル合成にも工夫を凝らした。
 ストーリーと特撮を含む映像表現が高く評価され、第18回「熱海大会」(2021年11月22日「第4回 熱海怪獣映画祭」にて開催)にて見事に優勝をはたしたのだ。

◎驚異の卒業制作

 その佐藤高成監督の最新作であり、仲間と組んで作った卒業制作が『失われた夜に』なのである。

 『失われた夜に』は『海鳴りのとき』の反省を踏まえ、特撮にかかる予算の実費の確保が第一の命題となったが、CAMPFIRE(キャンプファイヤー)のクラウドファンディングで予算を集めて製作することに決定した。
 若きクリエイターの造る次の怪獣映画という情熱がファンに伝わり、目標金額の150万円を大きく突破し、104人の支援者から2,501,465円(目標の166%)もの予算が集まった。

◎『失われた夜に』概要データ

大阪芸大の学生が卒業制作として完成させた驚異の特撮ドラマ。

(スタッフ)
監督:佐藤高成
脚本:藤城瑠
特殊造形:北條弘登
企画:佐藤高成、藤城瑠、北條弘登
音楽:原文雄(『ウルトラマンサーガ』)
撮影:佐藤高成
特殊造形:北條弘登、佐藤高成
造形:柿原歩武
ミニチュア造形:石松賢治
VFX:佐藤高成、上田健太郎
VFX協力:青井泰輔

(出演)
高岸誠二役:篁翔正(劇団ひまわり)、
お姉さん役:古林南(アイドルグループ「SW!CH」のオリジナルメンバー)
高岸時子役:近藤奈保希

◎『失われた夜に』ストーリー

 雨の日、些細な事で家出をした中学生の高岸誠二は、公園で雨宿りをしている時に謎の「お姉さん」と出会う。

 紫のドレスに黒い笠、彼女は自分のことを「宇宙人」と名乗り、手には小さな箱をいつも持っていた。誠二がそのことについて聞くと、大事なものが入っている「虫かご」であると答えた。

 お姉さんは誠二の事が気に入り、家出少年を彼女の不思議な家に招待してくれた。お姉さんとの交流の中で、荒んでいた誠二の心は少しずつ癒されてゆくのであった。

 しかし、どうしても好奇心が抑えられず、チョットした隙にお姉さんが大事に持っていた奇妙な箱を持ち出してしまう。街外れの土手でつい箱を開けてしまう誠二。その箱の中には、怪獣の心臓が閉じ込められていたのだ。解き放たれた怪獣は、巨大化し、みんなの街を破壊し始めた!

 ビルは倒壊し、人々は逃げまどい、都市は火の海と化す!!いったいこの世界はどうなってしまうのか?
そして、過ちを犯してしまった誠二はいったい……、

◎『失われた夜に』ウルトラセブン的なドラマ演出が巧み

 学生映画によくありがちなのは、特撮シーンには力が入ってるのだがドラマ部分になると弱い。中には見せ場のシーンの為とってつけたようなドラマを見せられることもある。

 その点、『失われた夜に』はシンプルながらきっちりとしたドラマが出来ている。主人公の思春期特有の心の揺れや、好奇心や年上のお姉さんへのあわい憧れ、悩み、問題から逃げてしまう性格などなど、受験を控えた中学生高岸誠二のキャラクターが等身大にうまく描かれており、ストーリーも成長物語として帰結している。

 また重要なポイントである「お姉さん」が不思議系キャラでミステリアスな雰囲気を持っていて良い。自然派女子が一人住まいをしていそうな普通のマンションの一室を「宇宙船の内部」と言い切ってしまう開き直りも、雨ざらしのロッカーがその入口な設定も、そのすべての説得力はお姉さんのキャラクターの見せ方にかかっている。個人的にはテーブルを挟んで会話する時のお姉さんの足の遊び具合が良かった。

 シャワー中のお姉さんを覗いてしまう甘酸っぱい体験シーンは、すぐにホラー演出にすり替わるが、落差を見せるためにお姉さんのボディーラインのシルエットだけをガラスに映して見せるともっと良かったと思う。

 全体としては、日常の中にふと現れる異星人や異空間という設定は『ウルトラセブン』を思い出させてくれた。

◎『失われた夜に』自主映画とは思えないハイクオリティな特撮

 何より驚いたのは特撮シーンのクォリティが高いこと。お金があっても、イメージがあっても、技術とセンスがなければ決して形にはならない。
 佐藤高成監督たちは、当時まだ学生で国家資格の「火薬類取扱保安責任者」「危険物取扱者」などは持っていない。つまりは特撮で大事なポイントのミニチュアの爆破や発火・炎上がやれないのだ。怪獣映画をやるには致命的なことである。
 そこで彼らが考えたのは『グリーンバット破壊』というテクニックだ。グリーンバックの前にビルのミニチュアを組み込み、全身緑タイツでグリーに塗ったバットでビルを叩いて壊せば、たとえハッパ(火薬)を使わなくとも、迫力のある爆破シーンか取れるというオリジナルの技術を考案したのだ。これは『海鳴りのとき』に使用し災害(disaster)シーンに驚異の効果を上げた。

 今回の『失われた夜に』は、夜のシーンを主軸に置いた作品なので、オープンナイターに黒バットでビル破壊のシーンを撮影することになった。『ブラックバット破壊』である。
 ビルが理想的に壊れるようにカッターで壁面に傷をつけ中にガラを入れている。全て人力(手)で破壊している。出来た映像素材に光線と爆発を足して合成している。バットで殴るなんて全くローテクな技術なのに”CG時代ならでは”の素晴らしいアイディアの勝利なのである。

◎『失われた夜に』怪獣&巨人のデザインについて

 怪獣や巨人はデザインから始めて完成まで2年くらいかかった。本(シナリオ)は『海鳴りのとき』から同時並行で作りを始めている。
 今度の『失われた夜に』は、怪獣対巨人のバトルを見せたいためスーツは二体だ。ずぶの素人から始めて前作は1体で1年以上かかった。今度は半年で2体作らないといけない。

 怪獣のデザインは二人でやった。蝶のイメージをモチーフにしているが初期デザインはカマキリぽいのもあったという。清書は北條弘登がやったという感じ。基本巨人は特殊造形の北條が一人で造り、怪獣は身体を北條が、頭と発光体は佐藤と北條の二人でやった。
 巨人はシルエットを面白くしたかったので、顔に穴をあけるデザインにした。「お姉さん」の変身だからと、髪を長くするとか胸を出すとか女性を感じさせるデザインはやめて、北條の好きな「遮光器土偶」や「火焔型土器」のイメージを取り入れることを意識した。お風呂場のシーンでは怖くないといけないと念頭に置いた。

◎『失われた夜に』造形について

 お姉さんの部屋の装飾も、怪獣の箱も、誠二が食べる宇宙蟹(?)も、北條が担当。たった一か月ですべてやらないといけなかったため作り込みが出来なかった。
 怪獣のパーツや巨人のヘッドもアチコチ発光させることにした。透明パーツにはレジンFRPを使ったがこれが重い。着ぐるみの総重量は30キロ以上でスーツアクターは大変だった。

 怪獣の発光は配線ではなく、一か所づつにいちいちボタン電池とLEDが入っている。背中の突起はリュックの様に背負っていて、電池が切れる度ごとにスーツを脱いで、電池を入れ替えてまた装着して撮影という、大変手間のかかるものだった。巨人の発光の為のアイディアはボツが続き、苦労の末クリスマスツリーのイルミネーションライトを使って効果を出している。

◎『失われた夜に』レビューまとめ

 予算が使えたため、迫力ある特撮シーンのVFX合成を『ウルトラマンZ』などの日本映像クリエイティブの青井泰輔、音楽は『ウルトラマンサーガ』に関わった原文雄と一部プロが担当している。

 芸大の卒業制作として完成した学生映画『失われた夜に』は、ドラマの部分もしっかりしていて、かつビル破壊などの特撮のクォリティも高く、ちょっと感動できるレベルに仕上がった。
 そして、「熱海大激突スペシャル」(2023年10月8日「第5回 熱海怪獣映画祭」にて開催)に、出品して佐藤監督たちは再び優勝を果たしたのだった。

 佐藤監督は現在すでに東京で働いていて、『ウルトラマンブレーザー』終盤では助監督も勤めている。前作の後、田口清隆氏に認められスカウトされた。「すぐに出向く」と言ったが田口監督に「今しか撮れないものを撮れ」と言われて、本作が終わってから『ウルトラマンブレーザー』に参加したという。

 自主映画とは思えない驚異の新感覚怪獣映画『失われた夜に』は、これからのクリエイターたちの”怪獣愛”が詰まった秀作である。

 「今でも仲間は横の繋がりがあるので、チャンスがあれば同じメンバーで次回作を撮りたい」と夢を語った佐藤高成監督と特殊造形の北條弘登の二人。筆者はあの日特撮映像の未来を見たような気がする。

 映画『失われた夜に』は、2024年1月28日(日) 、東京・調布市文化会館にて前作『海鳴りのとき』と合わせてトークショー付き上映が決定。100名限定だそうなので、鑑賞については必ず下記の佐藤監督のX(twitter)をご確認下さい。

佐藤高成監督 X(Twitter)

 佐藤監督のSNSでは、今後の上映などもアナウンス予定とのこと。
 ぜひ、特撮怪獣好きだけでなく、普通の映画好きな方もご覧下さい!


(注:特撮技術については、舞台挨拶・取材等の内容を抜粋して引用しています)

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この記事を書いた人

SF、ファンタジー、ホラー、アニメなど“サブカルチャー系”映像世界とその周辺をこよなく愛し、それらを”文化”として昇華するため”の活動を関西で続けるFantastic Messenger夢人塔(むじんとう)の代表。1970年代より活動を開始。映画コレクター、自主映画、同人誌を経てプロライターへ。新聞・雑誌への掲載、映画会社の宣伝企画、DVDなどの協力、テレビ・ラジオの出演・製作、イベント・講演、専門学校講師、各種企画などグローバルな活動を続けている。
著書は『アニメ・特撮・SF・映画メディア読本』『ライトノベル作家のつくりかた』シリーズ、『アリス・イン・クラシックス』、『幻想映画ヒロイン大図鑑』他、青心社のクトゥルー・アンソロジーシリーズで短編を書く。雑誌「ナイト・アンド・クォータリー」「トーキング・ヘッズ」に連載。映画は『龍宮之使』、『新釈神鳴』、『ぐるぐるゴー』、『おまじない』などを企画製作。最近は「もののけ狂言(類)」と題して、新作の”幻想狂言”を発表している。また、阪急豊中で約半世紀の歴史を持つ治療家でもある。
夢人塔サイト http://mujintou.jp/

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