浅尾典彦(夢人塔代表・作家・治療家)
※ネタバレ満載なので、作品をごらんになってからお読みになることをお勧めします。
“美と醜”をテーマにした『サブスタンス』は異彩を放つ作品である。

女性監督コラリー・ファルジャの女性からの視点で捉えた世界観がすさまじく、デミ・ムーアやマーガレット・クアリーによる”美”を競い合う自己破滅的演技合戦もさることながら、“醜”の部分を視覚的に見せるグロテスクな特撮シーンやアクションも心に焼き付く。
”美”のメイクはイザベル・アジャーニ主演の『ボン・ヴォヤージュ』(2003)、『2重螺旋の恋人』(2017)などを手掛けてきたフランスのメイクアップ・アーティスト、ステファニー・ギヨンによる。
怪異を見せる特殊メイクは、『屋敷女』(2007)、『アテナ』(2022)のピエール=オリヴィエ・ペルサンだ。
コラリー・ファルジャ監督が影響を受けたデヴィッド・リンチ監督の『エレファント・マン』や、ギレルモ・デル・トロ監督、ヴィッド・クローネンバーグの”ボディー・ホラー”ほか多くのホラー映画の要素を取り入れ悪夢のようなシーンを再現した。
観る者にシーンの意図がよく伝わるのは、デジタル処理は最低限にし、あの映画『エイリアン:ロムルス』がそうであったように、実際に造作したり特殊メイクをして、その場で撮影しているからこそよりその場のリアリズムが映像に焼き付くのである。
コラリー監督はシーンにこだわり、カメラフレームまで書き込んだ詳細な「絵コンテ」を準備し、血のりのシーンは赤で書き込んだ。ゆえに後半は真っ赤なコマが多い。
主な特撮シーン解説 (卵のシーン)
冒頭の注射をして卵の黄身が二つに分裂し、生命感を持ってゆれるシーン。
二つになるのはデジタル処理だが、二玉が揺れるのは実際に二つの卵の黄身を柔らかいアクリルボードの上でスタッフが揺らして撮影している。
主な特撮シーン解説 (プレート)
俳優のステータスである「ハリウッド・ウォーク・オブ・フェイム(ハリウッド大通りHollywood Walk of Fame)の星」は実際に同じ手法でセットに作って撮影している。
主な特撮シーン解説 (光る『サブスタンス』)
違法薬物『サブスタンス』が黄色に光るのはビタミン。
ブラックライトを下から当てると黄色く輝くのだ。

主な特撮シーン解説 (幻覚)
エリザベスが『サブスタンス』を打ってから見る幻覚のサイケデリックなシーンは、二つの大きなドラムに色の変わる特殊加工をした蛍光灯を何十本と装着させて、点灯させてから二つ一度にぐるぐると回して、それをカメラも揺らして撮影した。
1960年代のLSDでトリップした時の映像表現を彷彿とさせるクラシックな技術である。
主な特撮シーン解説 (割れる背中)
バスルームの床に倒れ込み気を失ったエリザベスの身体からスーが生まれるシーンは衝撃的だ。
セミの脱皮のようにエリザベスの背中が割れて中からスーが出てくる。
最初背骨に沿って背中が割れ、羊膜のようなものが中でぐにゃぐにゃと動く。
もちろんエリザベスの身体はとシリコン系素材で柔らかく作ったダミー(作り物)である。
背中のアップのみの撮影なので、足は作っていない。
このシーンの撮影はバスルームのセットを一段高く上げて組み、スタッフが床下に入って中からエリザベスの背中を操作している。羊膜の動き(胎動)はスタッフの手作業である。
風船などを使ったシーンも散見されるこれも古典的なテクニックだ。
主な特撮シーン解説 (老人メイク)
デミ・ムーアは1990年代美人女優として鳴らしたが、今回は”衰えた女優”役を体当たりでしている。

中年体形でシャワーを浴びるシーンは本人のヌード。
急激に老け込んで老人になった部分は、投げられてテーブルに衝突、ガラスが砕けるなどのスタントシーン以外は、デミ・ムーアが何時間もかけてメイクしている。
画面には映らないが陰部まで再現されているのだ。デミ・ムーアの役者魂にも感動する。
主な特撮シーン解説 (スタントシーン)
壁にぶち当たる、ガラスに投げつけられるなどハードなアクションシーンは、老人メイクを施したスタントマンが担当。
吹っ飛ぶシーンはワイヤーワークでやっている。
粉々になるガラスは変わらぬ伝統の飴細工。
主な特撮シーン解説 (スーの背中が割ける)
スーが若い男を連れ込んで、情事にふけるシーン。

制限期限を越えて『サブスタンス』に溺れたため、急激に体調に変化をきたし背中が割れて肉塊が零れ落ちる。
男性の上に馬乗りになるスーはマーガレット・クアリーが実演、恐ろしいシーンの直前でダミー(黒のボディスーツを身に着けたスーの身体をかたどった人形)となり、割けた背中から肉片を落として撮影する。
主な特撮シーン解説 (オートバイ事故)
事故シーンは、何と高速道路のミニチュアの中をラジコン操作のバイクを走らせ衝突させた。
横転して倒れる人も人形である。
主な特撮シーン解説 (目玉の表現)
『サブスタンス』が体内に染みわたり、目の光彩が黄色くなってくるシーンや、黒目が二つになるシーンはデジタル処理による効果的なシーンだ。

主な特撮シーン解説 (肉体の変貌)
肉体を異様に融合させる造形センスは『ソサエティー』の監督もした特殊メイクアップ・アーティストでシュール・レアリストの”スクリーミング・M・ジョージ”の得意とする所だが、『サブスタンス』での最終形態は、もう人間ともいえないパーツがバラバラについた肉塊になってしまった。
デミ・ムーアやマーガレット・クアリーが入って演じている部分もあるが、目玉の動きなどはアニマトロニクス(造形物の中に作動構造を組み込み機械仕掛けやワイヤー操作などで動かす)やデジタル技術も使われている。
主な特撮シーン解説 (血の洗礼)
役者がアップで血だらけになるのは血の仕込んだエアバズーカー。
一度に血しぶきがかかりスプラッターらしいシーンに仕上がる。
劇場内が血だらけになる壮絶なシーンは、実際にポンプで大量の血を拭き出して役者やセットに躊躇なくかけている。消防車並みの血の量である。
映画史に残る壮絶なシーンで、スタッフもみんな真っ赤になりながら撮影したのだが、カットが掛かるとみんな歓喜があがる大盛り上がりになったようだ。
主な特撮シーン解説 (肉体の破壊)
エリザベスの肉体に限界が来て、身体が爆発しパーツが千切れ落ちるシーンは、造形物を着て立っている役者の足元にスタッフが肉塊のギミック(小道具)をぼとぼとと落として撮影した。
崩れおれるシーンはスタッフが人形を突き飛ばしている。
主な特撮シーン解説 (溶けるエリザベス)
ラストで「ハリウッド・ウォーク・オブ・フェイム」で解けて絶命するエリザベスは、デミ・ムーアの生顔やと型を取って作られたゼラチン状のパーツを実際に熱風で溶かして撮影したものをうまく合成して哀れみをもって仕上げた。
女性版『遊星からの物体X』ともいわれる『サブスタンス』。
女性の悲しみを具現化した、秀作特撮映像ともいえよう。
©The Match Factory
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